見出し画像

13.3.3 日本の韓国併合 世界史の教科書を最初から最後まで

日本では日清戦争前後に繊維産業の機械化が本格化になり、ヨーロッパ諸国とアメリカ合衆国への生糸(きいと)輸出のほか、中国への綿製の糸の輸出が日本経済を支える重要な柱となった。



また、製鉄業などの重工業も急速に発展。

こうした産業は、原料を輸入したり製品を輸出したりする上で、ユーラシア大陸と深く結びついていたので、日本は経済的な利益を確保するためにも、大陸への支配拡大をめざすようになった。

日本は韓国に対し、3次にわたる日韓協約(1904〜1907年)によって、統監府(とうかんふ)の設置韓国の保護国化など、実質的に支配をおしすすめた。


ちょうど同時期の1908年には、ヨーロッパのバルカン半島で、オーストリア=ハンガリー帝国によってボスニア=ヘルツェゴヴィナが併合され、緊張が高まっていたところだ。



一方、朝鮮半島の大韓帝国(韓国)も、日本による保護国化に危機感を募らせる。
1907年には、皇帝の高宗(こうそう)が、オランダのハーグで開かれていた万国平和会議(ばんこくへいわかいぎ)にひそかに使いを送り、「日本によって外交権を奪われているが、やり方が不当だ」と国際世論に韓国の現状を訴えようとした。

画像2


また、各地で民衆が武装抗日闘争(義兵(ぎへい;ウィビョン)闘争)をおこすも、

画像3

史料 キムポンギ(金鳳基)「全国同胞に布告する檄」
金鳳基は1907年に武装蜂起したが、1908年初頭に逮捕され、同年に絞首刑となった人物。当時随一の名声を誇った義兵将許★(ホウィ)のもとで活躍した。
「一つは日本人の物品を排斥することであり、二つ目は現政府に租税を納めないことである。…我は西欧に格言があると聞いた。「代表無くして課税なし」と。維新もこれによって行い、革命もこれによって行う。我が国民は今より約束を立てて互いに誓う。日本を追い出し、逆賊を誅滅しなければ、租税を納めないと。…」(46-48頁)。


史料 キムポンギ「伊東統監に告ぐ」
「一昨年三月[ママ](1904年2月)の日刊議定書は、賊臣である李址鎔と結託して成立させたものである。これは貴国が我が国を圧迫し翻弄するはじまりであり、不正で道理のない条約であるが、そのなかにもなお、”韓国の独立および疆土を保全する”という部分があった。我が輩は元来愚民で山谷に潜伏していたのにそれを知った。貴国の口ぶりの裏にある野心を知らずに、ただ赤心からの誠意とのみ思い、常に韓日両国の親睦万歳を祈念した。だが、全く思いもかけず、天日が上にあり墨の痕がまだ乾く間もなく貴国は嘘をつき、あの一進会(いっしんかい、イルチンフェ)の首領である宋秉畯(そうへいき、ソンビョンヒ)等を誘って宣言書を発布させ、売国奸賊である朴斉純・李完用等をしていわゆる五条の条約を締結させた。これによって我々の国権を剥奪し、我々の民を奴隷とし、我々の政府を傀儡として、我々の君父を脅迫し、我々の財政・警察・郵便電信を奪い、我々の土地を占領し、我々の墳墓を掘り返し、我々の忠良の士を捕えてこれを拘囚して流罪とし、我々の耳目を塞いだ。…最も甚だしいのは、教育の権利を一切奪い、日本文・日本語で青年の愛国性を潜かに変えさせようとしていることである」(49-50頁)。

宮嶋博史『植民地化と独立への希求: 保護国から三・一独立運動へ』(原典朝鮮近代思想史 4巻)岩波書店、2022年。



日本はヨーロッパの強国やアメリカ合衆国の黙認のもとで、これをおさえ、1910年8月に韓国統監と大韓帝国の首相との間に調印された国際法(韓国併合条約)によって韓国を併合した



日本はソウル(京城(けいじょう)とよばれた)に朝鮮総督府を置き、

画像4

憲兵(けんぺい)によって治安維持を図った。この時期から1919年頃までの強圧的な統治方針を、「武断政治」というよ。



韓国の支配については様々な意見があった。植民地統治を批判する論陣を張ったのは、民本主義で知られる政治学者・吉野作造だ。

史料 吉野作造「満韓を視察して」(『中央公論』大正5・6)
殊に19世紀以来は、一般に民族的観念が勃興して来て居るから、従来従順であった民族すら、近世に至つて騒ぎ始めたものもある。斯くして最近の歴史は民族の同化といふ事は極めて困難なるものである。否同化といふ事は、言は易きに似て実は不可能なものであるまいかといふ考さえ現れて来て居る。尤も此種の議論の現れて居るのは、主として共に相当の高い文明を有する在欧の各民族間の関係に付いてゞあるが、然し同様の現象は欧米諸国が亜細亜、阿弗利加に有する諸植民地に於ても全く起らぬではない。現に印度や埃及やは英国の統治の下にあれ程よく開発し、統治上には英国も随分骨を折つて居るのに、土民間の独立的風潮は益々盛になるではないか。非立賓(フィリピン)は米国の施政の下に頗る広汎なる自由を与へられて居るけれども、独立思想は依然として衰へない。米国では異民族の同化といふ事は不可能なものと諦めたのか、最近は非島独立を附与せんとして居る。[…]要するに、異民族を統治して、之より十分の心服を得るという事は全然不可能でないとしても、非常に困難なものである。従つて予一個の考としては、異民族統治の理想は其民族としての独立を尊重し、且其独立の完成によりて結局は政治的自治を与ふるを方針とするに在りと云いたい。

(出典:松尾孝允編『吉野作造集』(近代日本思想体系)筑摩書房、1976年、154-155頁)

いいなと思ったら応援しよう!

みんなの世界史 このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊