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新科目「歴史総合」を読む 1-3-9-2. 植民地支配と植民地の近代、そして人種主義

※1-3-9. から分割させました。


サブ・クエスチョン
文明」の名の下に進められた「近代化」は、東アジアの人々にとって、どのような意味を持っていたのだろうか?

日清戦争をめぐって 

サブ・サブ・クエスチョン
福沢諭吉は、日清戦争に対して、どのような見方をしていたのだろうか? また、それはなぜなのだろうか?

 福沢諭吉は1894年7月29日の『時事新報』で、日清戦争は「文野の戦争」、つまり文明国である日本と野蛮な清との間の戦争であると主張した(「日清の戦争は文野の戦争なり」)。

資料 福沢諭吉「日清の戦争は文野の戦争なり」
 戦争の事実は日清両国の間に起りたりといえども、その根源を尋ぬれば、文明開化の進歩を謀るものと、その進歩を妨げんとするものとの戦いにして、決して両国間の争いたあらず。本来日本国人は支那人に対して、私怨あるにあらず、敵意あるにあらず、これを世界の一国民として、人間社会に普通の交際を欲するものなれども、いかんせん彼等は頑迷不霊にして、普通の道理を解せず、文明開化の進歩を見てこれを悦ばざるのみか、反対にその進歩を妨げんとして、療法にも我に反抗の意を表したるが故に、やむを得ずして事のここに及びたるのみ。
 すなわち日本人の眼中には、支那人なく支那国なし、ただ世界文明の進歩を目的として、その目的に反対してこれを妨ぐるものを打ち倒したるまでのことなれば、人と人、国と国との事にあらずして、一種の宗教争いと見るも可なり。いやしくも文明世界の人々は、事の理非曲直を云わずして、一も二もなく我が目的の所在に同意を表現せんこと、我輩の決して疑わざる所なり。

 そんな中、日清戦争期に朝鮮で成立した開化派の金弘集政権は、日本の支援を受けながら、清の側に立つ閔氏政権を排除していった。 
 「文明」の名の下に日本に接近する勢力が台頭する状況は、同時期の沖縄でも連動していた。
 太田朝敷おおたちょうふらの開化派が、1893年に『琉球新報』を立ち上げ、日本を通して「文明」を導入することで、沖縄社会を近代化させようとしたのである。


「文明」の名の下に

サブ・サブ・クエスチョン
「文明」(近代)の導入を目指す運動には、どのようなものがあったのだろうか?


 沖縄における開化派の勢力は、日清戦争後にさらに高まった。
 琉球処分後の沖縄では、当初、明治政府によって「旧慣温存きゅうかんおんぞん」政策がとられていた
 そのような中、太田は日本の「文明」に接近しつつも、沖縄の自治を求める立場をとっていた。しかしその後太田は、20世紀初めにかけて、「旧慣温存」よりも、日本への同化が強調するようになっていく。


資料 太田朝敷の沖縄高等女学校開学式における講演「女子教育と沖縄県」(1900年7月1日)
「沖縄今日の急務は何であるかと云えば、一から十まで他府県に似せる事であります。極端にいへぱ、くしゃみする事まで他府県の通りにすると云う事であります。」

(参考:照屋信治(2009)「沖縄教育における「文明化」と「大和化」 : 太田朝敷の 「新沖縄」構想を手がかりとして」『教育学研究』76(1)、1-12頁)

 一方、清では、1898年に康有為こうゆういらが日本の立憲体制にならった変法運動へんぽううんどうが開始され、朝鮮でも1896年から独立協会により立憲制に向けた改革が行われた。だが、変法運動も独立協会の運動も、守旧派により弾圧されている。

 このように、19世紀末から20世紀初めの東アジアにおいて、「文明」=「近代」を主導する日本の圧倒的存在感を前に、清、朝鮮、琉球の人々は、みずからの民族や国民のあり方を探っていった。

 そこでは、日本が清、朝鮮、琉球に対して向ける眼差しのみならず、清、朝鮮、琉球の人々が相互に向けあう眼差しも、「文明」=「近代」という尺度に応じて変化していくこととなった。


人類館事件

サブ・サブ・クエスチョン
なぜ『琉球新報』は、人類館事件の中止を求めたのだろうか?

 事の複雑さは、たとえば、1903年に大坂で内国勧業博覧会で「学術人類館」が設けられ、そこにアイヌ人や琉球人、台湾の先住民などの諸民族が“生きたまま”陳列された際、『琉球新報』が次のように主張し、展示の中止を求めたことにあらわれている。

 

資料 人類館事件に対する『時事新報』による批判
「特に台湾の生蕃せいばん北海のアイヌ等と共に本県人をえらみたるは是れ我を生蕃アイヌ視したるものなり我に対するの侮辱豈これより大なるものあらんや」

(出典:木畑洋一『20世紀の歴史』岩波新書、54頁、『琉球新報』1903年4月11日)
Q. この論説が問題視しているのは、どのようなことだったのだろうか?



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