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【今つらい人へ】共通テスト後に逆転合格する人の特徴

共通テストが終わって、 今、この文章を読んでいる人の中には、
「正直、失敗した」
「思っていた点数に全然届かなかった」
「もう取り返しがつかないんじゃないか」
そう感じている人が、たくさんいると思います。
自己採点をして、 間違いを一つ見つけるたびに、 胸がギュッと苦しくなった人もいるでしょう。
「なんであの問題を落としたんだろう」
「もっと出来たはずなのに」
そうやって、 後悔が止まらなくなっている人もいると思います。
でも、その前に。 まずは、これだけは言わせてください。
ここまで、本当に、本当によく頑張りました。
共通テストは本当に長丁場です。
想像以上に長く、想像以上に消耗する試験です。
その共通テストを、最後まで受け切った。
それだけで、十分に立派なことです。そして何よりも、ここまで共通テストに向けて、あなたは、自分なりにできる限りの力を使って努力を重ねてきたはずです。
だからこそ、今こんなにも悔しくなっている。
今、あなたが感じているこの悔しさは、共通テストに向けて、全力でがんばってきた証拠です。
だから、 今は、無理に前向きにならなくてもいいです。
「次、頑張ろう」
「切り替えなきゃ」
そう思えなくても、 まったく問題ありません。
今はただ、 「ここまで頑張ってきた自分がいた」 という事実だけを、 ちゃんと認めてあげてください。
このあと、 少しずつでいいです。
一歩ずつでいいです。
これからの話を、「今は聞くだけ」で構いません。
共通テストに向けて全力でがんばってきたけど失敗してしまったという人に、この先、どうやって立ち上がっていくのか。
その話をこれからしていきます。

今が一番しんどい時

ここから先、正直に言います。
今が、受験の中で一番しんどい時期です。
共通テストが終わって、それまで張りつめていた緊張が、いったん切れる。それ自体は、とても自然なことです。
気持ちは、よくわかります。
「もうこれ以上がんばれないよ」
そう思うくらい、ここまで必死にやってきたのに、全然うまくいかなかった。
また、共通テストが終わった途端、「ここからが本番だ」と言われる。
頭では分かっていても、心が追いつかない。
正直、「もう無理だ」と感じてしまいますよね。この「一度力が抜けたのに、終わっていない」という状態が、非常にしんどいです。
よくわかります。
あれだけがんばった共通テストで失敗したのだから、この後の試験もうまくいかないのではないか、と不安が大きくなってしまう人もいるでしょう。さらに、この時期、ただでさえ不安になりやすいのに、その不安を、さらに大きくするものがあります。
それが、共通テストが終わったあとに、一気に目に入ってくる情報です。
共通テストが終わると、点数や判定が、一気に目に入ってきます。
自己採点や、共通テストリサーチの判定。
合否分布。
ボーダーライン。
一つひとつは、冷静に見れば、ただの数字です。
でも、この時期に見ると、その数字が、必要以上に重くのしかかってきます。
だからこそ、ここで一つ、はっきりさせておいてください。
共通テストの結果=最終結果ではありません。
特に、私大が本命の人。
国立でも、二次配点が大きい大学を目指している人。
共通テストの点数が、大きく圧縮される大学を受ける人。
こういう場合、この先の数週間で、順位はいくらでも入れ替わります。
ですので、まだ希望はあるかもしれません。

今、迫られる決断

共通テストが失敗した今、多くの人が直面するのが、第一志望を変更するか、どうか。
この決断だと思います。
どちらに進むにしても、正直、簡単な選択ではありません。
志望校を下げるのも勇気がいるし、このまま突っ込むのも、相当な覚悟が必要です。
志望校を変更すること自体は、逃げでも失敗でもありません。
一方で、志望校を変えずに挑戦することが、必ずしも無謀だというわけでもありません。
問題なのは、どちらを選ぶかではありません。
問題なのは、どんな理由で、その選択をするかです。
もちろん、データを見ること自体は大切です。
自分の現在地を知るために、数字は欠かせません。
でも、データは、あなたの決断を“代わりに”してくれるものではありません。
数字が教えてくれるのは、あくまで「今、どこにいるか」だけで、「この先どうなるか」まではわからないからです。
二次試験の配点や科目との相性はどうか。
共通テストの比率は本当に致命的なのか。
残された時間で、どの科目がどれだけ伸ばせるのか。
そして、挑戦しなかった自分を、後から悔やまないか。
落ちたとしても、「やりきった」と言える選択かどうか。
志望校を変えるか、変えないかで差がつくのではありません。
差がつくのは、不安で仕方ないから決めたのか、様々な観点から考えて覚悟をして決めたかです。
実際に、この「数字との向き合い方」で、大きく明暗が分かれた生徒がいました。

合格1人:不合格18人

これは、私が担任した生徒の中で、大逆転を果たした生徒の話です。
彼女は最終的に、東京大学に合格しました。
ただし、共通テストは決して順調ではありませんでした。
数学で大崩れして、リサーチの判定はE判定。
過去の得点帯から、合否分布を見ても、その得点帯は「合格1人、不合格18人」という、誰が見ても厳しい数字でした。
面談の際、私はその合否分布を見せました。
多くの受験生なら、この数字を見た瞬間に「やめたほうがいい理由」を探し始めます。
ところが、彼女は私にこう言ったのです。
「じゃあ、いけるんじゃないかと思います。」
一見すると、楽観的な言葉に聞こえるかもしれません。
でも、彼女が見ていたのは「不合格者18人」ではありませんでした。
「合格者が1人がいる」という事実でした。
ただし、彼女はこうも言いました。
「もちろん、簡単じゃないのは分かっています。だから、今まで以上にやります。」
ここが、決定的なポイントでした。
彼女は、この選択を正解にするために必要な学習量とリスクを、引き受けたうえで突っ込むと決めたのです。
つまり、彼女の判断は、「受かるために、ここから覚悟を決めてやる」という判断でした。
この生徒は、数字を見て進路を決めたのではありません。
数字を見たうえで、この選択を背負って、最後まで走り切れるかどうかで進路を決めました。

データが結果に影響

ここで、私がこのとき強く学んだことがあります。
データは、時に危険だということです。
共通テストが圧縮される大学では、判定や合否分布というデータに縛られすぎると、不合格になることがあります。
特に、共通テストに失敗した場合です。
同じデータを見ても、「まだ可能性がある」と判断できる人は、攻め続けて、本当に有利になります。
一方で、「もうダメだ」と判断した人は、及び腰になり、対策が中途半端になり、結果として不合格になります。
これが、データの負の側面です。
データは、確かに大切な材料です。
冷静に現状を把握するためには、避けて通れません。
さきほどの生徒がすごかったのは、データを見なかったことではありません。
データを見たうえで、周りの意見も聞いて、たくさん考えて、最後は自分で判断したということです。
判定がEだったから、合否分布が厳しかったからという理由で及び腰になることなく、むしろ、全力を注ぐ覚悟を決めて「じゃあ、ここから何をやれば受かるのか」と、その一点に、すぐに意識を切り替えたことです。

過去問を解くのが辛くても

そして、彼女が真っ先に向き合ったのが、二次試験の過去問でした。
共通テストが終わったあと、彼女がやっていたことは、とてもシンプルです。
過去問を、ただひたすら解き続けること。
これは、たとえ志望を変更したとしても同じことです。
たくさん考えて、覚悟を決めて志望を変更したのであれば、やるべきことは過去問に向き合うことです。
ただし、どちらにしても決して楽な作業ではありません。
過去問は、今の自分の実力を、容赦なく突きつけてきます。
正直、この時期の過去問は、心を削ります。
過去問を解けば解くほど、現実を突きつけられます。
「全然点が取れない」
「また合格点に届かない」
「やってきたことは何だったんだろう」
何度も何度も自分の実力のなさを思い知らされる。
共通テストでただでさえボコボコにへこんでいるのに、さらに心がえぐられるのは本当に辛い。
でも、彼女は毎日過去問を解き、先生方に添削を出し続けました。
過去問は二次試験の直前までに、なんと20年分添削を出しました。
正直、途中、添削の結果の良くない状態が続いたときには、心が折れてしまうのではないかと心配しましたが、毎日学校に来て、朝から晩まで自習をして、休み時間に職員室にいる先生方に添削を出しに来るという生活を続けました。

そして迎えた東大入試本番

そして迎えた東大入試本番。
彼女は一日目、なんと数学で大失敗をしてしまいました。
共通テストの数学で失敗した後、あれだけがんばって数学の過去問を解いてきたのに、また二次試験の本番で大失敗。
悔しくて、悔しくて、涙が止まらなくて、一日目の試験を終えた際、東大の校内を泣きながら帰ったそうです。
でも、さんざん泣いたら気分がすっきりしたのか、二日目は気持ちを切り替えて受験に臨むことが出来ました。
そして、結果は合格でした。
二日目の試験が特別にうまくいったわけではありません。
劇的な逆転答案を書いたわけでもありません。
ただ、彼女は最後まで、逃げませんでした。
一日目で大失敗をしても、「もう無理だ」と投げ出さなかった。
泣くだけ泣いて、感情を吐き出して、一日目、家に帰ってきたら、また覚悟を決めて机に向かった。
それができたのは、直前期まで積み重ねてきた過去問演習と添削の量が、彼女自身を裏切らなかったからです。
過去問を20年分解き、何度も不合格点を突きつけられ、心が折れそうになりながらも、それでも解き続けた。
その経験があったからこそ、「まだ終わっていない」「二日目は二日目だ」と、自分を立て直すことができたのだと思います。
受験は、うまくいった日だけで決まるものではありません。
むしろ、失敗したあとに、どう立て直せるかで決まります。
本番で想定外のことが起きたとき、最後に自分を支えるのは、才能でも運でもなく、「ここまでやってきた」という事実です。
特に過去問と徹底的に向き合って、過去問から逃げなかった人だけが、本番で最後の最後の瀬戸際のところで、踏ん張る力を手に入れます。

受験で一番試されている力とは

受験で一番試されている力は、何でしょうか。
それは、失敗しない力ではありません。
本当に試されているのは、失敗したあとに、どう行動するかです。
共通テストで思うようにいかなかったこと。
過去問を解いても、まったく点が取れなかったこと。
二次試験本番で、想定外の大失敗をしてしまう科目があったこと。
受験では、次々に、こうした「うまくいかない瞬間」が訪れます。
ここで差がつくのは、才能でも、センスでもありません。
「もう無理だ」と止まってしまう人と、「それでも、やるしかない」と前に進み続ける人。
その違いだけです。
何度打ちのめされても、机に戻った人。
結果が出なくても、過去問を解き、添削を出し続けた人。
心が折れそうになっても、最後の日までやめなかった人。
そういう人が、最後に結果を持っていきます。共
通テストで失敗しても、二次試験でつまずいても、そこで受験が終わるわけではありません。
最後の一日、最後の一問まで、勝負は続いています。
彼女の合格は、そのことを、これ以上ない形で教えてくれました。

泣きながらでも勉強する

ここで、もう一つ、今でも忘れられない話をします。
かなり前になりますが、自分が担任していた生徒で、センター試験で大失敗した生徒がいました。
これまで過去問で取ったことがなかったような点数を取ってしまい、自己採点をしたあと、涙が止まらなくなってしまいました。
それでも、翌日、学校に来ました。面談の最中もずっと泣いていました。
朝一番に学校に来て、最後まで学校に残って勉強している生徒だったので、誰よりも努力をしているということを私もよく知っていました。
面談で話を聞く中で、私も胸が潰れるような思いでした。
自習をしている最中にも、ずっと泣いていました。
でも、えらいのは、泣きながらでも勉強は止めなかったことです。
毎日、泣きながら学校に来ていました。
そして、共通テストが終わった後も、いつもと同じように朝一番に学校に来て、最後まで残って勉強して帰っていきました。
ところが、そんな努力も報われず、その後の私大入試でも、不合格が続きました。
一つ落ち、また一つ落ちる。
そして、その不合格を背負ってまた試験を受けに行く。
精神的に、本当に追い込まれていました。
彼女は一橋大学を志望していました。
本番までの間に私立の合格がどうしても欲しい。
そして、私大の中で一番対策を重ねてきた試験の日。
10年以上分の過去問を解き、答案も何度も書き直し、一番手応えを感じていた大学・学部でした。
ところが、その私立の日の朝、大雪が降りました。
電車は止まり、道路は渋滞。どうやっても、試験会場にたどり着けない。
結局、彼女は、試験を受けることすらできませんでした。

とてつもない集中力

翌日、彼女はほとんど言葉を発せない状態で、学校に来ました。
もはや涙すらも出てきませんでした。
残された受験は第一志望の、一橋大学しかありません。
でも、このとき、私は彼女の変化を感じていました。
とてつもない集中力で勉強していました。
自習している様子を見ていると、
「空気の密度が違うんじゃないか?」
と思えるほどでした。
毎日、口頭試問といって一橋大学の世界史の解答を再現する練習を一緒にやっていましたが、一日、一日、見違えるほど上達していきました。
一対一で口頭試問をしていると、よく分かります。
私は教師として20年以上仕事を続けてきました。
この仕事をしていて、一番やりがいを感じる瞬間は何か。
それは、生徒の成長に立ち会ったときです。
特に、受験が近づいた高校生の成長力は、こちらの想像をはるかに超えます。
「奇跡」と呼ばれるようなことは、受験では実は、わりとよく起こります。
でもそれは、偶然ではありません。
異常に高いと言えるほどの集中力が生み出す結果です。
この時期、爆伸びしている生徒の自習の様子を見ると、本当に分かります。正直、たった一日で、別人になります。
追い込まれれば追い込まれるほど、猛烈な力を出して、桁違いの集中力で伸びていきます。
この時期の知識吸収力は、本当に桁違いです。

試験当日に起こった事

そして迎えた、第一志望・一橋大学の二次試験。
そこで、信じられないことが起こります。世界史の論述問題。
それは、彼女が泣きながら、直前まで対策していたテーマでした。
しかも、他の教科の問題も、「昨日やった」「一昨日やった」という直前に見た内容ばかり。
受験が終わった後、再現答案を見せてもらいました。
見た瞬間、これは、受かる答案だということがわかりました。
そして、彼女は最後に第一志望の一橋大学に合格して受験を終えたのです。
合格の報告をもらったとき、私も自然と涙があふれて止まりませんでした。
努力が報われる瞬間を、ここまで真正面から見せてもらったのは私にとって初めてのことでした。

不安なままでも勉強は続けられる

これは、奇跡ではありません。
たまたま運がよかった、という話でもありません。
彼女が合格した理由は、とてもシンプルです。
どれだけ追い込まれても、どれだけ苦しくても、最後まで、やるべきことをやめなかった。
それだけです。
共通テストで失敗し、私大でも不合格が続き、心が折れてもおかしくない状況でした。
それでも、受験がない日は必ず学校に来て、泣きながらでも、添削を出し続けた。
だから、直前にやった問題が、そのまま本番で出た。
それは、偶然のように見えるかもしれません。
でも実際には、最後の最後まで、自分の可能性を閉じなかった結果です。
ここで、今この動画を見ているあなたに、一つだけ伝えたいことがあります。
今、過去問が取れなくて、心が削られている人もいると思います。
志望校を変えるべきか、このまま突っ込むべきか、迷っている人もいると思います。
でも、どんなに不安な状態だったとしても、それでも手を止めずに勉強は続けられます。
続けるか、続けないかはあなた次第です。
もしここまでの話を聞いて、あなたがまだ続けられると思えるならば、まだ、勝負する価値はあります。
逆転は、特別な人にだけ起きるものではありません。
最後まで、机に向かい続けた人にだけ、起きることです。

最後に

最後に、これだけは覚えておいてください。
受験に一番必要なのは、勉強をやめないことです。
調子が悪くても、点が取れなくても、気持ちが沈んでいても、それでも今日やるべきことを、今日やる。
それだけです。
これから先、不安が消えることはありません。
「本当にこれでいいのか」
「間に合うのか」
そう思いながら、机に向かう日もきっとあります。
でも、それでいいんです。
不安があるままでも、手を動かし続けた人だけが、最後に結果を引き寄せます。
今日、この動画を見終わったあと、一気に何かを変える必要はありません。
ただ、机に向かってください。
それで十分です。
共通テストは終わりました。
でも、あなたの受験は、まだ終わっていません。
ここまで走ってきた努力は、まだ回収されていないだけです。
最後まで、自分の可能性を閉じないでください。
ここまで来たあなたなら、最後まで、走り切れます。
この動画は、共通テストに向けて本気で頑張ってきた人に向けて作りました。
もし今、ほんの少しでも「もう一度やってみよう」そう思えたなら、それで十分です。
受験は、派手な一日で決まるものじゃありません。
静かな一日の積み重ねが、最後の結果につながります。
これからもこのnoteでは受験に必要な情報をお伝えしていきます。
また、元気がなくなったときに見てもらえると嬉しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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