棘とヤスリ【ショートショート】仕事の棘、ガジェットの雑音、転職の迷い
僕の皮膚は、どうやら感情に正直すぎるらしい。
朝の満員電車で肘がぶつかる。
チクッ。
同僚のマグカップが、僕のより少しだけお洒落だ。
チクッ。
昼休みに選んだ定食屋が、隣の客のタバコ臭で最悪だった。
チクッ。
片方だけ音飛びするワイヤレスイヤホンが、イライラに拍車をかける。
チクチクチクッ。
些細なイライラが溜まるたび、僕の皮膚の表面から「棘」が盛り上がってくるのだ。
日中は服に隠れて見えないが、自分ではわかる。
セーターの下が、ひどくゴワゴワと異物感に満ちているのが。
痛くはないが、ひどく不快だ。
自分が世界に対して「武装している」というより、「拒絶している」証拠みたいで、自己嫌悪が募る。
「あーあ、今日も豊作だな」
夜。風呂上がりに曇った鏡を手のひらで拭うと、そこにはうんざりした顔の僕と、そして、もう一人、やれやれと肩をすくめる僕がいた。
鏡の中の僕は、ため息をつきながら、どこからか小さな紙ヤスリを取り出す。
「よう、お疲れさん。また盛大に溜め込んだじゃねえか」
鏡の中から、少し低く、ぶっきらぼうな声がする。
「ほら、とっとと手を動かせ。背中はこっちでやっといてやる」
僕は鏡に背を向ける。
すると、鏡の中の僕が、僕の背中にそっと手を伸ばす、感触はないが、確かに彼はそこにいる。
そして、背中の棘を一つ一つ、手際よく削り始める。
シャッ、シャッ、とリズミカルな音がする。
「ったく、お前さんはホント不器用だな。タバコの煙なんざ、息でフッと吹き飛ばしゃいいんだ」
「……無理だよ。こびりつくんだ」
「肘が当たった? そりゃ向こうの不注意だ。お前が気に病むこっちゃない」
「でも、イライラしただろ」
「したさ。俺とお前は二人で一人だ。だからこうして削ってるんだろうが」
鏡の中の僕は、僕自身でありながら、僕よりも少しだけタフで、手際がいい。
彼がヤスリをかけるたび、尖った棘は丸められ、滑らかな皮膚に戻っていく。
それはまるで、ささくれた心を宥める儀式だ。
「……ふぅ、こんなもんか。どうだ、ツルッツルにしといたぞ」
僕は振り返り、鏡の中の僕と向き合う。
彼はヤスリの粉をパンパンと叩き落としながら、満足げに笑っていた。
「ああ。ありがとう」
「おうよ。……だがな、明日はもうちっと、棘を減らしてくれよ。こちとらヤスリの消耗が馬鹿にならねえんでな」
そう言ってウインクする彼に、僕は苦笑いを返す。
鏡の中の相棒がヤスリを買い換える必要がないくらい、穏やかな明日が来ることを願いながら、僕は電気を消した。

今回の表紙は「日々の『仕事』のストレスで棘だらけになった主人公」といったイメージです。こんな日が続くと「転職」も考えたくなりますが、まずは音飛びする「ガジェット」(イヤホン)でも買い替えて気分転換しますかね。
【追伸】
皆さんはイライラ、溜め込むタイプですか?
A.溜め込む(棘だらけ)
B.すぐ発散する(棘なし)
もし鏡の相棒がヤスリを持っていたら、一番にどこを削ってほしいですか?
僕は頭かな~🤔
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