退職届の紙飛行機【ショートショート】#おはよう #掌編小説 #短編小説 #ショートショート #小説 #創作 #物語 #毎日更新 #毎日note #note毎日更新 #毎日ショートショートnote #AIイラスト #生成AI #エッセイ #仕事 #転職
ペン先が「一身上の都合」というゴールテープを切ったとき、俺の心はいつも奇妙な静けさに包まれる。
これで三度目か、四度目か。
引き出しの奥で仲間を待つ封筒のストックが、まるでデスクトップに作った「一時保管」フォルダの中で、開かれることなく増え続けるファイルみたいだった。
勤続十年。
大学を中退した俺を拾ってくれたこの会社は、まるで実家のような居心地の良さと、同じくらいの息苦しさがあった。
コロナ禍という嵐を何とか乗り越えた船は、今、凪いだ海でぴたりと動きを止めている。
羅針盤は錆びつき、船員たちは皆、疲労困憊の顔をしていた。
俺が、この船の舵をもう一度切ってやらなければ。
そんな自惚れだけが、俺をこの甲板に縛り付けていた。
「あら、またその儀式ですか」
背後からの声に、俺は慌てて便箋を裏返した。
パートの鈴木さんだ。
彼女は枯れた植木に水をやりながら、値踏みするような視線を向けてくる。
「会社の運命を紙飛行機に託すなんて、ロマンチストですね」
「いや、これはその、決意表明というか…」
「感傷に浸ってないで。風向きが変わる前に飛ばさないと、自分の足元に戻ってきますよ」
彼女はそう言って、窓の鍵に手をかけた。
カチリ、と無慈悲な音が響く。
促されるまま、俺は便箋を丁寧に折り、翼を広げた。
過去の自分を葬り去るための、ささやかな葬送。
指先を離れた白い翼は、風を捉え、一瞬だけ青空へと舞い上がった。
そうだ、今度こそ。
そう願った瞬間だった。
突風だった。
ビル風の乱気流に巻き込まれた俺の飛行機は、見る見るうちにバランスを崩し、きりもみ状態で隣のビルの窓へと吸い込まれていった。
開け放たれた、ちょうど同じ階層の窓へ。
「あ…」
呆然と立ち尽くす俺。
しばらくして、隣のビルの窓からひょっこりと顔を出したのは、取引先の鬼部長として名高い、斉藤さんだった。
彼は俺の飛行機を器用に片手で広げると、内容を検分し、ニヤリと笑って叫んだ。
「おーい! 困るよ、ヤマくん! 君がいなくなったら、うちの無茶振りは誰に頼めばいいんだ!」
その声はビル風に乗って、俺の耳にはっきりと届いた。俺は天を仰ぎ、乾いた笑い声を漏らす。
隣で鈴木さんが、呆れたように、でもほんの少しだけ口の端を上げて言った。
「愛されてますね、便利な駒として」
駒、か。
確かに今は、盤上の隅で言われた通りに前に進むだけの「歩」かもしれない。
だが、歩兵は敵陣に深く切り込めば、最強の「金」にも成れる。
今この船を降りるのは、ただの歩として盤上から取り除かれるだけだ。
俺はもう一度、隣のビルで手を振る斉藤部長を見た。
もう少しだけ、この盤上で足掻いてみるか。成金になる、その時まで。
【追伸】
あなたは転職したことがありますか?
その主な動機はどちらに近いですか?
A. さらなる成長を求めた「キャリアアップ」
B. 会社や仕事に区切りをつけた「見切り発車」
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