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「手を抜くな、諦めるな、やり抜こう。」ツドイの編集学校で出会ったプロフェッショナルの、平熱の執念

2025年1月から約半年間通っていた、ツドイの編集学校
私は編集者でも、文章を書く仕事でもありませんが、この学校でフリーランスとしてこれから働いていくうえで大切な学びをいただきました。

最後の講座が終わったのは、ほんの先週のこと。
これまで半年間あった講座がこれからはもう無いんだなと、とても寂しい気持ちです。
こんなに楽しく豊かな学びの場になるとは思いませんでした。

講師や参加者の皆さんとはこれからも続くご縁をいただけたと思いつつ、この編集学校の魅力が一人でも多く伝わったら良いなぁと思い、このnoteを書いています。

次回の開講は2026年予定とのこと。
迷っている方の参考になればうれしいです。

受講生のみんなで / 写真はツドイ代表の今井さんのX(旧Twitter)より

ツドイの編集学校って?

ツドイの編集学校は、「編集とイベント」を中核とする企画集団の株式会社ツドイさんによって企画運営されている講座。

「編集とイベント」とあるように、ツドイさんのWebサイトをみると、社名の由来である編集の「集」とイベントをあらわす「集い」の、これまで手がけられてきたお仕事がたくさん掲載されています。

株式会社ツドイWebサイトWORKSページより

そんなツドイさんが作ってくださった編集学校は、分かりやすい明日から使えるノウハウというより、じっくり編集者としての在り方が学べる場でした。

▼講座の紹介文

ツドイの編集学校は、編集者としての在り方、トレーニングの仕方を教える学校です。明日から使えるノウハウが詰まっている——というよりは、中長期に渡っていい編集者に育っていくための種を植えるような場になればいいなと思っています。

最新の事例や上手なセルフブランディングの方法ではなく、もっと根源的なところ。

世の中、情報、コンテンツを見て、仮説を立てる。いいコンテンツを企画する・つくる。各分野のクリエイターと気持ちのいい関係を築く。つくった物をできるだけ遠くに届ける・長く残す。

これらのために編集者ができることを学び、卒業後もひたむきに努力していくための学校です。クローズドな場ならではの信頼関係で、経験と知識をあけすけにお伝えしていきます。

手ぶらで来た人が「とりあえず向かうべき方角はわかった」とコンパスを持って卒業していくような、そんな場にできれば幸いです。

ツドイの編集部公式note「【2025 春】ツドイの編集学校の募集を開始します。」より

▼講座内容

  • 第1回:ガイダンス - 編集とは何か -

  • 第2回:情報をあつめる

  • 第3回:つながりをつくる

  • 第4回:コンテンツをつくる

  • 第5回:先輩に発注とサバイバルを学ぶ

  • 第6回:異業種に企画を学ぶ

  • 第7回:イベント・コミュニティをつくる

  • 第8回:編集者であり続ける

「編集者ではない私」が、なぜこの講座を受けたのか

このnoteを書いている私は、編集者ではありません。
ライターやエッセイストでもない、文字を書くことが仕事ではないし、イベント企画もほとんどすることはありません。

フリーランスとして、グラフィックレコーディングやビジュアルファシリテーション、コンセプトイラスト制作など、一言でいうと「話を絵や図にして、個人や組織が前進するサポートをする仕事」をしています。

一対一の個人セッションから、企業の経営会議、公民館の集まりまで、幅広い話題に携わっている仕事です。

私の普段の様子です

そんな私が編集学校を受けた理由は2つ。

一つは自分の仕事を「誰かの話を、意図を持って取捨選択して繋ぎ直す」行為だとした時に、その意図の責任をもっと考えていきたいと思ったから。

もう一つは「絵で残すことと文字で残すことはセットだな、今後もっとライターや編集者と仕事を一緒にしていきたいな」と思うことが増えてきて、今後のために、皆さんとの共通言語が欲しかったから。

そして2024年の冬、講座の受講生募集が始まった時。
申し込みフォームの志望動機は何度も書き直し、最終的にこのような内容を書いて応募しました。

私は編集者ではありませんが、「編集者の考え方・もののつくり方」を学びたくて応募しました。 現在、グラフィックレコーダーとして活動して8年目になります。これまで会議やイベントなどの発話内容を視覚的にリアルタイムで表現して記録を残してきましたが、そういった記録がコンテンツとして、より何かを伝えたり、誰かを動かしたりするには?ということに関心が派生してきたのが、今回の講座に応募した動機です。

そして講座期間の半年が、先週終わりました。

終わってみるとあっという間だったような、本当に半年しかなかったのかと驚くような。
講座でいただいたものは本当に多くありましたが、そのほんの一部、私が特に印象に残っていることを紹介します。

プロフェッショナルからの言葉の端々に「平熱の執念」を見た

講座には、たくさんのゲスト講師のみなさんがお話をしに来てくださいました。

講座のノートより一部抜粋

ライターの田中裕子さんが教えてくださった事前リサーチの徹底さ、相手の言葉から本当に言いたいことを文章にしていく思慮深さと慎重さ。

ライターの阿部光平 さんのお話を聞いて感じた、仕事のスタイルを時間をかけて育ててきた粘り強さ、仕事と自分自身を混ぜていく力強さ。

プロデューサーの水野雅之さんの言葉の端々から感じる、すでに確固たるお仕事をされているなかでもさらに変わろうとされているストイックさ。

サプライズゲストの嶋浩一郎さんの、編集学校のためにオリジナルで話してくださった内容から分かった、編集者として大きなことを動かすための日々の小さな鋭さ。

「手を抜くな、諦めるな、やり抜こう。」

これは、誰かから直接言われた言葉ではありません。
でも、講師陣のふるまいや言葉の端々から、そんな姿勢が静かに伝わってきました。熱く語られたわけではないのに、心に残ったのは、「平熱の執念」でした。

嶋さん/(ツドイの編集学校Twitterより)

「年をとっても第一線で長く仕事を続けられる人になるにはどうしたら良いんでしょう?」

いわゆる「フリーランス40歳の壁」といわれる、年齢を重ねると仕事が少なくなるという傾向に怯える私は、最終回の懇親会で講師の皆さんにそんなことを聞いてみました。

そして教えてもらったのは、歳をとったら段々と「もうちょっとの粘り」が出来なくなっていく。そんな人が増えていくということ。

ギクリ。

今の私は、手を抜かず、諦めず、やり抜けているだろうか?

30代で出来ていないことは、歳を重ねて体力が落ちた時に出来るわけがない。将来の自分のためにも、目の前の仕事を今まで以上に真摯に取り組んでいこうと背筋が伸びました。

批判的思考に挑戦する、腹を括れた

そしてツドイの今井さんからはもう一つ。
常に自分の判断と世間の反応をチューニングし続ける勇気と覚悟を教えていただきました。

それに関して半年間で一番印象に残っているシーンの一つが、参加者と講師が集まった講座後の懇親会。

ちょうど直前の初めての第一回目の講座にて、「編集者として日々接したことをまず自分で考え、世間の反応をみてチューニングする」と聞いていたことを、まざまざと体感した出来事がありました。

講座のノートより一部抜粋

それは参加者や講師、スタッフの皆さんの20人ちょっとで神保町の中華料理を囲んでいた時のこと。

乾杯があり、中華を囲みながらワイワイとお互いの話を話すなか、しばらくして今井さんが隣に座っていた初対面の私にも、自己紹介シートを見ながら話しかけてくれました。

「関さんって、⚪︎⚪︎⚪︎(グループ名)が好きなんだね。最近、⚪︎⚪︎⚪︎(番組)を聞いて、あの人の考え方は⚪︎⚪︎⚪︎だと思ったんだけど、関さんはどう?」

私はびっくり。

「その話題について話せる人が、友人にもいなかったのに!今井さんは初対面の私にも、すぐに『良いと思う/ 自分は違うと思う』のどちらの判断をしているか、すぐ話せるんだ。」

事前に自己紹介シートを見て調べていらっしゃったのか、もともとご存じだったのかは分からないのですが、これが編集者か、と驚きました。

実はその日は変則的な席替えで、テーブルの右側の人はそのまま、左側の人だけが順番に席をまわっていく形式。

おかげで私はずっと今井さんの左隣にいて、話を聞き続けられたのですが、ほろ酔いのなか覚えているだけでも、受講生が好きなお笑い芸人の話、住んでいる近くにあるお店の話、共通の知人の話など、一人一人と接点となる話題を必ず出して、それに対して自分の考えをコメントされていました。

「しかも、受講生みんなに、そんな話ができるんだ!?」

「まず自分で考え、世間の反応をみてチューニングする」という編集者の日頃の鍛錬を垣間見させてもらえました。
そして、半年間の講座のなかで受講生のみんなも批判的思考を持って自分の考えを話している場面に何度も立ち会いました。

そういえば、最近読んだ本にこんな記述がありました。

「批判的」というと、「文句を言うこと」「斜に構えて論破しようとする態度」のようにネガティブに捉えられるかもしれません。
しかし、「批判的」という語は必ずしも「なんでもかんでも否定しよう」という態度ではありません。
批判的になる、ということは、基準に則って吟味・塾考すること、と定義されます。
(中略)
「なんとなくよさそうだから」ではなく「こういう理由でよさそうだ」という判断するような思考を働かせること、これを「批判的」と呼んでいるのです。

2025 犬塚美輪「読めば分かるは当たり前?読解力の認知心理学」より

ああ、まさに。
私はフリーランスになってから、批判的思考から逃げてきました。

批判的思考といえば。
私が好きな東京事変というバンドの透明人間という曲の一節に、こんな歌詞があります。

「何かを悪いと云うのはとても難しい 僕には簡単じゃないことだよ」

作詞:椎名林檎/作曲:椎名林檎 2016年リリース『透明人間』より

この曲に出会ったのは、私がとある離島で地域おこし協力隊という任期付きの行政職員を終えて、フリーランスとして独立する直前の頃。
曲調も歌詞も好きで、今でもよく聞いていますが、この一節は私の苦手な批判的思考を避ける時によく頭に浮かんできてしまいます。

何をやるにしても、その道には先人がいて、
批判的思考で発言することが怖かったし、いまでも怖い。
「いいね!」「イケてるね!」は思えるけれど、「それは違うんじゃない?」「イケてないよ」「not for meだ」は、それ以上は結論が出せない。

仕事でもプライベートでも、違和感があっても、単なる私の勉強不足なだけじゃないかと足がすくんで、それ以上思考を進めることから逃げてしまう。表に出すなんてもってのほか。

あぁ、私には本当に、簡単じゃないことだ。

でも批判的思考を習慣にしている講師や受講生のみんなの姿を憧れに、チャレンジしてみる踏ん切りがつきました。
自分の思考にも、手を抜きたくない。

「手を抜くな、諦めるな、やり抜こう。」

学んだことを、小さく試しながら日常に落とし込む

先日、さっそく友人とランチをしている時に「めっちゃ好きだけど、なんかめっちゃ好きじゃない、毎回聴いているPodcast番組」の話をしてみました。

普段は避ける話題だったけれど、気の置けない友人なこともあって、ちゃんと「めっちゃ好きじゃない」の方も言葉にすることができて、「ああ、私はあの番組のここがなんかイヤだなー、と思いながらも聞いているんだな」「自分はこんな価値観が大事だと思っているんだ」と、新たな自分に出会えました。

また他の日、友人と展示会を見に行くため虎ノ門ヒルズに行った時のこと。
友人と館内を歩きながら「オシャレすぎてなんか落ち着かないね」と話した時、「以前、専門家が記事で言っていた内容はこうだったんだけれどピンとこなかったんだ、オシャレすぎて落ち着かないって分解すると私はこう思うんだれど…」と、続けて話してみることに挑戦しました。

自分が持っている情報や価値観から批判的思考にチャレンジできると、それが些細な話題でも、自分の違和感に手を抜かなかった自分が誇らしく、この小さなチャレンジが将来の自分に繋がっていそうな確かな感覚を持つことができました。

と、ここまで書いていて気づきましたが、先ほどの歌詞には続きがありました。

「何かを悪いと云うのはとても難しい 僕には簡単じゃないことだよ
一つ一つこの手で触れて確かめたいんだ 鮮やかな色々」

作詞:椎名林檎/作曲:椎名林檎 2016年リリース『透明人間』より


あぁ、本当だ。
気づかなかったけれど、本当にそうだなぁ。

一つ一つこの手で触れて確かめるように、私も日々過ごしているなかで違和感を持ったことを「なんで私はそう感じたんだろう」と一つずつ言葉にしていきたい。
仮でも稚拙でも良いから、自分のなかで一つ一つ、結論を出していきます。

「手を抜くな、諦めるな、やり抜こう。」

ツドイの編集講座で学んだ編集者としての在り方が、フリーランスの私の在り方を強く豊かにしてくれました。

手を抜かず、諦めず、やり抜こう。
小さくても、自分の思考にも手を抜かない。
そんな日々の積み重ねを、これからも大切にしていきたいと思います。

講師の皆さん、スタッフの皆さん、受講生の皆さん、本当にありがとうございました!
今後ともよろしくお願いします。

またねー!

▲もっともっと色々学んだことはたくさんあるので、気になる人はツドイの編集学校の受講生インタビューなども、ぜひチェックしてみてください。

(サムネイル写真:ツドイの編集学校X(旧Twitter)より)

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関 美穂子(ビジュアルインタビュアー) 読んでくださってありがとうございます。いただいたサポートは、インプットに活用します。

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