娘が呼んだ救急車。「生きよう」と思えた、あの夜のこと
「パパ、大丈夫?」
14歳の娘とふたり暮らしをしていた僕は、あの夜、突然倒れました。
身体のしびれと動悸。意識が遠のき、喋ることもきつくなり…
救急車を呼んでくれたのは、娘でした。
今回は、2年近く前のその夜に起きたこと、
そして、4度目のどん底にいた僕が、「もう一度、生きよう」と思えた理由を綴ります。
自分を責め続けていた日々
その頃の僕は、娘を育てながら生きてるだけで精一杯でした。
家を失い、キャンピングカー生活とバンライフの日々を経て、寮付きの仕事を見つけ、ようやく娘との住まいを確保しました。
借金返済にも追われながら、ただ、娘との暮らしを守ることだけに必死で生きていました。
家族はバラバラになり、夢や希望なんて考えられる状態じゃなかった。
未来が見えなくて、どこに進めばいいかもわからなかった。
そんな僕の隣に、娘だけがいてくれました。
それが唯一の支えであり、誇りでもありました。
でも、あの頃の僕は、自分の限界に気づけていませんでした。
娘が呼んだ救急車
その日は、朝から体調が変でした。
体が重くだるく、息が浅い。
それでも娘との約束を守ろうと、1時間だけカラオケに付き合いました。けれど僕は一曲も歌えず。
夜、ついに限界が来ました。
手足のしびれ、息苦しさ、強い動機。そして、意識が遠のく感覚。
「このまま死ぬかもしれない」
倒れた僕に駆け寄って、救急車を呼んでくれたのは娘でした。
「パパ、大丈夫?」
あのときの優しい声と手のぬくもりは、今でも忘れません。
静かな病院で感じた孤独
救急病院に運ばれた僕は、長時間の検査と点滴を受けました。
8月なのに身体がゾクゾクして、とても寒かったのを覚えています。
看護師さんや先生は淡々とされていて、誰も優しい言葉をかけてくれる人はいませんでした。僕を気にかけてくれる人は誰一人いない、そんな孤独を、深く感じました。
そう感じたのは、どん底の中、誰にも頼れず、娘と暮らしてきたひとり親の日々のせいだったのでしょう。
そして娘はひとり、うす暗い待合室のベンチで4時間も僕を待っててくれました。
守っていたはずの娘に、救われた夜でした。
「絶対に生きなきゃ」そう思えた夜
点滴と診断が終わり、娘のところに行きました。
フラフラしている僕を見る娘の心配そうな顔を見て、「ここでくたばっちゃいけない」そう思いました。
娘とふたりで暮らして、そのとき3年が経ってました。
「もし僕に何かあったら、娘はどうなってしまうのか。
身寄りのない土地で、娘をひとりにしてしまうわけにはいかない。
僕には、守るべき存在がいる。
生きる理由は、自分よりも娘だと。娘が毎日笑顔で過ごせる大人になるように、まだまだ生きる。」
おわりに
「もう立ち上がれない」と思う夜が、人生には誰にでも訪れるかもしれません。
でもそんなとき、心を救ってくれるきっかけがあるものです。
誰かの言葉だったり、本や映画、音楽だったり。
僕にとっては、それが娘の声と、手のぬくもりでした。
あの夜から、強く「生きよう」と思えるようになったのです。
あなたにとって、生きる理由は何ですか?
次回は、「書くことでしか、前に進めなかった日々」について綴ろうと思います。
書くことが、僕にとって心のリハビリでした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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せきたつや
▼1本目の記事(自己紹介)も、よろしければ読んでもらえると嬉しいです。
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