宮崎市定『謎の七支刀 五世紀の東アジアと日本』感想
宮崎市定『謎の七支刀 五世紀の東アジアと日本』(中公文庫、1992)
奈良国立博物館で2025年4月19日〜6月15日に開催していた「超国宝 祈りのかがやき」展で、七支刀を見てきた。七支刀は、1600年前に作られ、百済から古墳時代の倭の王に贈られたという宝剣である。七支刀の表面には銘文が刻まれているが不鮮明で読めない文字も多く、考古学的な研究により解読が試みられてきた。
この本では、漢文に習熟した東洋史家である筆者が、七支刀銘文の欠損箇所を文献学的に解読している。
宮崎市定のほかの著書と同じく論旨が明快で、しかも文章に味がある。七支刀銘文研究について論を進める狭間には、自身の研究姿勢についても語られており、背筋が伸びるような気持ちになった。
たとえば以下のような文章である。
いったい歴史学は、本質的に他人の眼を通して見たものを史料として検討するにある。直接自身が歴史の動きとなることは、皆無に近いといってもいい。しかも他人の眼を通して観察しながら、結果において渦中の当事者自身よりもよく事実の真相を把握する、それが歴史学の本領ではないか。もしも渦中の当事者が故意に隠蔽したい部分があったとしても、間接的ながら歴史家は第三者的な感覚で、ぐさりとその肺腑を見透すだけの才覚があってしかるべきではないか。
私の憧れる歴史学者のあり方だ。また、あとがきにはこのようにある。
研究の対象が小さいからと言って、初めから狭い分野を区切り、その中でたとえば油田を試掘するようにボーリング機械を借りてこようなどというやり方ではだめだ。やはり昔の先生方がやったように、まず広い範囲をとり、周辺から逐次に目的に向かって掘り進めるのでなければ、有効な深さをうることができぬであろう。
細かな文献研究を行っていても、あくまで明快に論を展開するためには、その研究が広い範囲の研究をどう変えるものなのか、常に考えるべきだということだろう。
