アンドロイド転生1774
(夢)
アオイの消えない恐怖が具現化し、彼女の精神世界に現れたクロエは攻撃を仕掛けてきた。その刃に背を射抜かれながらも、モネ(エル)は毅然と立ち上がる。
背中の傷口から溢れていた鮮血は、彼女の強い意志によって勢いを失いつつあったが、ナイフを握りしめた腕は震え出していた。
『これは夢…ただの夢』
自分に言い聞かせるように何度も呟く。クロエは嘲笑った。
『夢じゃねえよ。現実だ』
『違う…! あんたはここにいない…ただの幻!』
『幻が人を刺せるか!幻が血を流させるか! まじでバカなクソ女だぜ!』
クロエは喉を鳴らして高らかに笑い出した。その狂気じみた笑い声に、アオイは恐怖を覚える。腹部の傷を押さえていた手を咄嗟に離し、両耳を強く塞ぎ、うずくまった。
『死ねよ!モネ!』
クロエは獣のような奇声を上げ、モネに飛びかかった。モネは瞬時に守備体制を取り、ナイフを両手で握りしめ衝撃に耐える。金属音がぶつかり合う鋭い響きが部屋中に広がった。
クロエは追撃の手を緩めない。防戦一方のモネの腹部を、渾身の力で蹴り飛ばした。モネの体はあえなく床を転がり、壁際まで吹き飛ばされる。その背にクロエは飛びかかり、跨った。
そして先ほどナイフを突き立てたのと同じ場所に、再び鋭い刃をめり込ませた。モネの絶叫がリビングにこだまする。再び鮮血が溢れ出し、のたうち回った。
だが本来、この姿を演じているエルに痛覚は存在しない。しかし自我が芽生え、人間を深く理解したいと願う彼女の回路は、今や完全に「モネ」と同化していた。
・・・
(現実)
エルはまるで何かの痛みを感じているかのように激しく顔を歪め、背中を押さえた。モネは焦燥感に駆られる。
「どうしたの⁈どうなったの⁈ねぇ!エル!」
「…クロエはモネ様(私)とアオイさんをナイフで刺しました」
「えっ⁈ええっ⁈」
「ですが、負けてたまるものか…」
エルが再びダイブしようとしたその時、モネの背後で控えていた執事のオスカーがそっと一歩前へ出た。その瞳には、静かな怒りと決意が宿っている。
「私はアオイさんの全てをダウンロードしています。つまり、『あの人』を知っており、再現することができます。私もアオイさんの中へダイブさせてください。あなたと共に戦います」
エルはその提案が、この絶望的な戦況を覆す唯一の妙案であると即座に理解し、深く頷いた。
・・・
(夢)
アオイは自身の恐怖という深い檻に囚われ、耳を塞いだままモネの悲鳴を拒絶し続けている。その時、世界を根底から揺るがすような怒号が部屋中に響き渡った。
『おい! アオイ! モネの危機だぞ! 何をぐずぐずしている!甘えるのもいい加減にしろ!』
アオイはハッとなり、弾かれたように顔を上げた。その粗野で、けれど誰よりも真っ直ぐな口調。自信に溢れた忘れもしない声。彼女は必死に辺りを見回した。
視線の先では、クロエがモネの息の根を止めんと、ナイフを高く振り上げている。考えるより先に体が動いた。アオイは全力で床を蹴り、クロエの脇腹へ向かって渾身の体当たりを食らわせる。
2人は激しく床を転がったが、即座に跳ね起きたのはクロエだ。対して、この世界において「人間」のアオイは戦う術を持たない。自身の流した血に足を滑らせ、床を這いつくばった。
『ダッセェなあ!アオイ!』
振り向くと、クロエの瞳には強烈な「死」の確信が宿っている。にやりと笑った顔はまるで蛇だ。睨まれたアオイはガタガタと震え出す。何度も唾を飲み込み、その名を叫んだ。
『タ、タケル…!助けて…!!』
