アンドロイド転生1707
ホームは滅びても良いと宣言し、滅亡派の代表だったケンジ。だが彼の心は決まった。国民となり、タウンで暮らし、脚の治療をすることにしたのだ。
・・・
2134年8月22日
ホーム 会議室
村長は未成年者を除く村人34人を集め、ケンジの決断を伝えた。多くが賛同し存続派に転じる中、残った8人は顔を見合わせ、やがて1人が裏切り者を見るような目でケンジを睨みつけた。
「おい、ケンジさんよ。代表だったのに寝返りか?あんたの信念はそんなものか?」
「ああ、俺は元気になりたいんだ。また普通に歩けるようになって、孫に会いに行きたい」
何人かが鼻を鳴らして嘲笑った。
「なんだ、結局はただのジジイか」
「ただのジジイの何が悪い? 俺は孫を抱きたくなったんだ。それのどこがいけない?文句あるか」
「…俺には(孫なんて)いねえよ」
寂しげな呟きが漏れる。近親婚の弊害を避けるため、16年前から新しい命を拒んできたホームの現実。するとケンジは、存続派の中にいる若者を指差した。
「お前の息子は国民になりたいと言っているぞ。街へ行けば新しい出会いがある。そこで、また新しい命が生まれるかもしれん」
「そうだよ、父さん。俺も結婚したい。自分の子供が欲しいんだ」
父親は苦々しく黙り込んだ。そこへ他の若者たちからも「そうだ、そうだ」と同調する声が上がる。その中の1人が自分の祖父に向かって縋るように言った。
「じいちゃん、元気になろうよ。最近、咳が止まらないじゃないか」
室内がしんと静まり返った。すると椅子が引かれる鈍い音が響き、滅亡派だった中年層の3人がゆっくりと立ち上がった。
「俺も…タウンに行きたい…元気になりたい」
「わ、私も…最近調子が悪くて…」
「私も…治してもらいたい」
ついに反対者は5人になった。存続派から安堵に似た柔らかな溜息が漏れる。しかし、老人が顔を真っ赤にして叫んだ。
「わしは、平家の誇りを捨てんぞ!」
鼻息を荒くして震える老人。その頑なな姿勢に存続派は気落ちする。だが老人の怒りは、どこか「置いていかれることへの恐怖」にも見えた。
そこでケンジが頭を下げた。
「代表だったのに…すまん。しかし、俺は分かった。平家の誇りだなんて糞喰らえだってな」
老人は驚いて目を剥いた。
「く、糞だって…?」
「ああ。こんな小さな村で誇りなんてほざく前に、タウンに乗り込んで、街の奴らに俺たちの歴史や先祖の思いや生き様を語った方が余程カッコいいと思わんか?」
老人の唇がわなわなと震えたが、反論できなかった。ケンジは杖をついて立ち上がった。
「さっきも言ったが俺はもう一度、自分の足で歩きたい。そのチャンスが街にあるなら、喜んで頼ろうじゃないか」
村長がそこへ言葉を添える。
「そうさ。街の者に頼ることは決して恥じゃない。今度は、我々が彼らに頼られる人間になろう。それこそが、新しい平家の誇りだ」
「そうだ!」と若者たちの声が響く。老人は何かをモゴモゴと呟いていたが、その声に先ほどまでのような強さはなかった。隣に座る妻が、優しく夫の手に触れて微笑んだ。
「いいじゃない、あなた。ホームには千年の長い歴史と絆があるわ。だから…どこへ行ったって、私たちは私たちのままよ。きっと幸せを見つけられるはず」
ケンジは深く頷いた。
「タケルはそれを望んでいた。あいつは…俺たちに幸せになってほしかったんだ。精一杯生きること…それが、俺たちにできる最高の供養だ」
・・・
9月15日
最後まで反対していた5人全員が、国民になると申し出た。こうして「ホーム」という名の箱舟は、新世界という名の大海原へと静かに漕ぎ出したのである。
