アンドロイド転生1776
(夢)
思いもよらぬクロエの登場だったが、アオイには様々な援軍がいるのだ。モネは傷つきながらも戦い、そこにタケルが具現化し、クロエをいとも簡単に追い詰めた。
最後にアオイはエムウェイブで彼の自由を奪った。あの日あの時あの場所で、同じように床に横たわり、無念極まりなかった自分。アオイは彼のそばにしゃがみ込み、静かに語り出した。
『クロエ…あなたはあまりにも酷かったよ。どう? 自分が同じ立場になってみて』
『うるせえ! 黙れ!』
『あなたはもう、何もできない』
アオイはタケルから手渡された3本のナイフを光にかざした。ギラリと反射する刃は、恐ろしいほど鋭い切れ味を予感させる。
『てめえ! 刺すのかよ! ああ、刺しやがれ! 俺は痛くも痒くもねえ!』
『…うん、そうだね。痛くないでしょう。私はあなたに眼球を抉り取られたし、胸も刺されたけど確かに、痛くはなかった。けど…とっても怖かった』
『ふん!ざまあみやがれ!』
アオイはナイフを床に置くと、そっと溜息をつく。
『…私は他人を傷つけて喜びたくなんてないの』
『けっ!いい子ぶりやがって!』
『ううん、違うよ。世の中の大半の人は、私と同じように思うはず。でも、あなたは違った』
『何がいけねぇ? 世の中は弱肉強食だろうが!』
アオイはすっと立ち上がった。そこには決意の表情が伺えた。
『この世界は、私が創り出した場所。だから、ここでは私の意志がすべてなの。クロエ、あなたは地獄へ堕ちてもらう』
『ああ? 地獄なんてあるわけねぇだろ』
『…そうかな?』
アオイがそう告げた瞬間、クロエの横たわる白い床がどす黒く染まり出した。タールのように粘り気のある闇が、クロエの体に纏わりついていく。その不快感に、彼は顔を歪めた。
『な、なんだ…?キモっ…』
すると、泥沼のような闇の中から、老若男女、無数の「手」が次々と這い出してきた。数えきれないほどの手はクロエの顔や体を這い回り、闇に引き摺り込もうとする。
『お、おい!なんだよ…!』
『助けてほしい?…あなたの犠牲になった人たちは、みんなそう叫んだはず。なのにあなたは耳を貸さず、自分の欲望のままに命を奪った』
『ふ、ふん。楽しかったぜ』
クロエは笑い出すかとアオイは身構えた。あの日、クロエは炎に包まれながらも、狂気の笑いでアオイの心を抉った。それがいつまでも彼女を縛り続けたのだ。
だが、クロエは笑わなかった。喋ることさえできなくなった。彼の口を無数の手が覆ったのだ。彼はただ大きく目を見開き、くぐもった声で唸るだけ。
その顔は恐怖に引き攣り、焦っているようにアオイには見えた。あんなに恐ろしく、鬼の化身だと思っていたのに、実はそうでもなかったのだと少なからず驚きを覚えた。
そしてクロエは無数の手と共に、漆黒の闇へと呑まれていく。間もなくこの世界から完全に消滅した。すぐに床は何事もなかったかのように元の白さを取り戻した。
『お、終わった…消えた…』
アオイはモネの元へ駆け寄った。彼女の傷も癒え、出血は止まっている。2人は強く抱きしめ合い、生還を喜んだ。そして、アオイは傍らで見守っていたタケルを見上げる。
『…あれから、2年も経っていたのね』
『そうだ』
アオイは立ち上がると、タケルの正面に回り、助けてくれた礼を述べた。そして、何度も躊躇しながら、やっと言葉を絞り出した。
『あ、あの…私のせいで…あなたの人生を奪ってしまって…本当に…ご、ごめんなさい』
『お前のせいじゃないって言ってるだろ?』
その時、ミカルの無邪気な笑い声が響いた。モネはサツキから赤ん坊を受け取り、優しく抱きしめる。いよいよ、この箱庭から決別の時が来たのだ。
