アンドロイド転生1705
ケンジは夢を見ていた。舞台は夕暮れの一本道。奥には霧に包まれた森。登場人物は自分とタケルと、父親のリョウヘイだ。ケンジはいつの間にか5歳の姿になっていた。そして父に抱き上げられている。
『いいか。ケンジ、父さんと約束してくれ。金輪際、「僕のせい」と言わないと。そして、誓うんだ。僕は生きるって。みんなの分も幸せになるって。いいか?絶対だぞ。男同士の約束だ。分かったな?』
ケンジは戸惑う。ずっと自己を責めて生きてきた。幸せになる約束などできるのか。いや、幸せになって良いものか。逡巡していると、リョウヘイは再び強く言う。
『分かったな?』
ケンジは上目遣いになって恐る恐る囁いた。
『い、いいの…?』
『当たり前じゃないか』
リョウヘイは白い歯を見せて笑う。清々しい微笑み。カッコいいと思った。
(僕のヒーローだ…)
『ん?そうか?ヒーローか?』
『えっ!』
ケンジは驚いた。どうやら、心の声を知らぬ間に口に出していたようだ。照れ隠しに「えへへ」と笑う。リョウヘイも嬉しそうだ。
『約束できるか?』
『うん』
『よし、いい子だ』
『うん!』
ケンジは喜びで胸がいっぱいになる。父親の首に腕を回して抱きついた。リョウヘイもきつく息子を抱き締めた。やがてケンジを下ろし、頭を撫でるとタケルを振り返った。
『よし、行くか』
『そうですね』
ケンジは慌てた。
『ど、どこに行くの⁈』
『森の奥』
『僕も行く!』
リョウヘイもタケルも微笑んで、歩き出した。
『まだ早い。ケンジ、またな。会えて良かった』
『ケンジさん、元気で過ごして下さい』
『ま、待って!行かないで!』
2人は一本道を森に向かってさっさと歩いて行く。その速さに5歳のケンジはついていけず、途中で転んだ。起き上がり、遠ざかる2人の背を見て焦る。
(そうだ…!杖…!)
辺りを見回して、杖を見つけて掴んだ。ヨロヨロと立ち上がる。そこで、自分の姿に気がついた。老人だ。いつの間にか歳を取っている。この足では追いつけない。
『待ってくれ!行くな!行かないでくれ!』
2人は最後に振り向いて、笑顔で手を振った。そして霧に包まれた。ケンジは呆然となり、前方を見つめていた。やがて霧が晴れ、森の姿が浮かび上がった。2人は消えていた。
・・・
2134年8月21日 夜明け
ホーム ケンジと妻の部屋
ケンジはハッと目覚めた。窓からは夜明けの光が差し込んでいる。起き上がり、辺りを見回すと隣のベッドでは妻が安らかな寝息を立てている。夢を見ていたのだと理解した。
ケンジはベッドを抜け出し、壁を伝って洗面所へ向かった。用を足した後、ふと鏡を覗き込む。そこには、深く皺の刻まれた老いた自分がいた。
彼はその皺を指でなぞり、想像してみた。肌に潤いを与え、顔全体を若々しく引き締めた姿を。そうして出来上がった顔は夢の中で見た父に驚くほどよく似ていた。
(…俺も、父さんの息子なんだな)
彼は外へ出た。杖を突きながらゆっくりと中庭へ歩き、ガーデンチェアに深く腰を下ろす。そして白みゆく夜明けの空をじっと眺めた。
群青色の闇が解け、紫から鮮やかなピンクへと移り変わる。不思議と今日は、より美しく感じられた。小鳥たちの囀りが始まった。天高くを見上げれば、一羽の鷲が悠然と旋回している。
背後から足音が聞こえた。振り返るとそこには妻が立っていた。彼女はケンジの隣に静かに腰を下ろし、そっと微笑んだ。
「気持ちの良い朝ね」
「ああ…本当に、その通りだな」
ケンジの返答は穏やかだった。彼の心にはもう、嵐のような後悔も、凍てつくような恨みもなかった。ただ父と交わした「幸せになる」という約束だけが残っていた。
