煎茶道あるある:「師範は嘘つきがち」

煎茶道を長くやっていると、
だんだん気づいてくることがあります。

師範や上の立場の人が、
わりと都合よく話を編集しているということです。

大きな嘘、というよりは、
「少し盛る」「都合の悪い部分は省く」
その積み重ね。

最初は、気のせいだと思っていました。


学歴や経歴が、少しずつ変わる


よくあるのが、学歴やこれまでの経歴の話です。

聞くたびに、
「あれ、前と少し違うな」と思うことがある。
• どこの学校を出たのか
• 誰に師事していたのか
• どれくらいの年数やっていたのか

最初は控えめだった話が、
時間が経つにつれて、
少しずつ立派になっていく。

直接的な嘘ではないけれど、
印象としては、だいぶ違う。

そういうことが、何度かありました。


「言ったもん勝ち」になりやすい世界


煎茶道の世界では、
過去の実績や経歴を、
細かく検証されることはほとんどありません。

証明書があるわけでもなく、
第三者がチェックすることも少ない。

だからこそ、
語ったものが、その人の歴史になる。

しかも、下の立場の人は、
それを疑いません。
というより、疑えません。

「そうなんですね」と受け取るしかない。


嘘というより「編集」


私が感じていた違和感は、
完全な作り話というより、
編集されすぎた自己紹介でした。
• 失敗した話は語られない
• うまくいかなかった時期は消える
• 他人の助けは、自分の実力になる

そうして出来上がった経歴は、
とても一貫していて、
とても立派です。

でも、あまりにもきれいすぎる。


なぜ、そうなるのか


理由は、なんとなく分かります。

煎茶道の師範という立場は、
「尊敬される前提」で成り立っています。

弱さや迷いを見せるより、
整った物語を語ったほうが、
場がうまく回る。

だから、少しずつ、
話は整えられていく。

本人も、
どこからが事実で、
どこからが演出なのか、
分からなくなっているのかもしれません。


それを指摘できない空気


一番しんどかったのは、
それに気づいても、
何も言えない空気でした。

「話、前と違いませんか?」
そんなことを言えば、
場の空気が壊れてしまう。

壊れるのは、
たいてい、指摘した側です。

だから、みんな黙る。
気づいていないふりをする。


私が苦しくなった理由の一つ


煎茶道をやめた理由は、
いくつもあります。

その中の一つが、
嘘や編集を、見過ごし続けることに疲れた
という感覚でした。

お茶の世界は美しい。
でも、その美しさを保つために、
誰かの物語が、
少しずつ歪められていく。

それを当然として受け入れることが、
私にはできませんでした。


これは告発ではありません


この文章は、
特定の人を責めたいわけでも、
煎茶道全体を否定したいわけでもありません。

ただ、
**長く中にいたからこそ見えた「あるある」**を、
記録として残しておきたかった。

そういう話です。

もしこれを読んで、
「分かる気がする」と思った人がいたら、
それだけで十分です。

いいなと思ったら応援しよう!