第8話《You were...》#1拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
⬛︎第7話《携帯電話》#2
⬛︎第8話《You were...》#1
走る。
ただあなたを想って走る。
星と月だけが光る夜、サラサラと音を立てて流れる川を見つめ、黒咲くんは立っていた。
暗くてその横顔がどんな表情を浮かべているのかわからない。
それでも怖がっている余裕なんてなくて、私はがんしゃらになって黒咲くんに叫んだ。
「黒咲くんっ!!」
振り向いた黒咲くんが目を見開き、わずかに後ずさって砂利を踏む。
「時森!? え、なんで!?」
「何でじゃないよ! 電話出てくれなかったら心配するよ!」
「あ……ごめん。 全然、ケータイ見てなかった……」
黒咲くんはズボンのポケットからケータイを取り出して着信履歴を確認すると、肩を落として息をつく。
ケータイの明かりに青白く照らされた顔は、遠くに消えてしまいそうなほど輝きが失せていた。
あれほどの一等星の眩しさが、今は夜の暗闇に負けている。
「仕方ないよ。でも心配した。このまま黒咲くんが……」
また絶望に向かっていくと思うと怖かった。
未来に訪れる絶望が消えてくれない。
私は黒咲くんがどんな風に命を絶ったのかも、最後に何を思ったのかも、何も知らない。
今、目の前で生きている彼しか知らないから。
それがどんなに人工的に照らされた顔だとしても、笑っているように見えた。
「優しいんだな、時森」
「そういうわけでは……」
「中学のときのジャージで来てくれるなんて、めちゃくちゃ心配してくれてたんだなって!」
そんなわざとらしい軽口を返されて、途端に胸のソワソワよりも我に返って顔を隠す。
「待って! これは、その!!」
(ぴゃあー! 恥ずかしい! しぬ! )
こんなことで死ぬ気はないけれど、恋する乙女としてはとんだ失態だ。
中身がアラサーだけに、中学時代の芋ジャージ姿はもはや封印すべき洒落っ気のなさだというのに。
女子高生という謎の安心感からくる油断を見られて悶絶して頭を抱える羽目になった。
(黒咲くんには見られたくなかった。見られたくなかったよぉ!)
この小さな町なのだから見られたことはあるにしろ気持ちのオンオフがある。
さらに家スタイルということもあり、前髪はヘアピンでガッチリとめていた。
中身がアラサー女だろうと、好きな人にこんな姿を見られてダメージを受けないはずがない。
こういうのは段階をふむもので、私はまだ初心者としてかわいく見られたいが先行してしまった。
パッパッと前髪をとめるピンを外して整え、ヘラヘラと笑うしか対処法がない。
黒咲くんが目を細め、緩く微笑む姿にますます羞恥心を煽られ、煙が出そうな勢いで顔に熱が凝縮した。
「なんか、時森は一生懸命でいいな。 見てて元気が出るっていうか」
「えっ、あ、いや! 一生懸命なのは黒咲くんだよ! 私はただ応援してるだけっていうか……」
少し、下心でしか動いてない自分が嫌になった。
所詮、私はよく見られたいがための八方美人。
女子の言葉や態度は本当だけど、全てが善意ではない。
この鉛みたいに重たくなる心も、霞みがかって晴れない脳みそも、どこかで黒咲くんが振り向いてくれると期待しているからかもしれない。
そんな甘い恋があればアラサーになるまで拗らせる必要もなかった。
明確に、私と黒咲くんの縁は一度切れていることだけは念頭に起き、自制する必要があった。
「笑っててほしいだけというかぁ……」
「俺、笑えてない? なんで? なんでそう思ったの?」
「あ……」
言葉を間違えた。
そう気づいたときにはもう遅く、黒咲くんの曇った表情を見て心に少し太めの針が突き刺さる。
触れてはいけないことに触れてしまったのだと察し、喉に指を押し当てて言葉を抑えようと爪を立てた。
とてもではないが言えない。
それは黒咲くんが自殺する未来を知ってるから違いがわかるようになったからだ。
そんな残酷な言葉を伝えるのは鋭利な刃物を突きつけるようなものだ。
当時の私は黒咲くんの笑顔の裏なんて見えてなかった私に、未来を押し付けることは出来ない。
この時代だからこそ、私は助けたいともがいてるに過ぎないから。
好きだったくせに、表面の黒咲くんしか見てなくてキャーキャーはしゃいでいた自分を恥ずかしく思う押し付けがましい感情だ。
黒咲くんがどんなことに喜びを感じて、どんなことに悲しくなり、怒ったりするのか。
どんな過去を持っていて、どんな未来を描いているのか。
何も知らないくせに好きだと言っていた大馬鹿者だ。
黒咲くんは画面の中にいるアイドルのように見る存在じゃない。
私の目の前で、同じものを見て育ってきた生身の人間だ。
笑えてないなんて、黒咲くんの尊厳を奪う発言だった。
闇に飲まれていくさまを私は目の当たりにする。
「時森が応援してくれるのは嬉しい。 だけどオレはその期待に応えられない」
「どういうこと?」
私の問いかけに口角をあげる姿は、隙がなく追求を許さないものだった。
「ホームページは改修費用がかかるからダメ。 動画とかはやってもいいけど、本当に成功するのかって」
雲がかかって星の見えない空を見上げながら笑い語る姿は痛々しい。
当時気づくことの出来なかった傷だらけの姿。
見ててわかるのは、黒咲くんは早く大人になりすぎているということ。
更に上の大人に大人であることを強要されたマリオネットのようだった。
「成功したとして、誰がそれを運営していくのか。お金がない、誰がやる? そればかりで……」
現実の厳しさは高校生に突きつけるには酷だ。
夢を見たくてもみれない環境は、やがて確実な成功というまやかしに飲み込まれていく。
「ごめん。 俺はそこまで自信を持って言えなかった。みんな手伝ってくれたのに。 ……本当にごめん」
謝るしか出来なくなったとき、人の心は死ぬ。
自分を守ることより、他人を怒らせず荒波を立てないことが優先順位に上がってしまうからだ。
他人の顔色を伺いすぎてしまう末路は、錆びてしまった自分の身体に鞭を打って孤独に動くというものだ。
「でも大丈夫だから。 あとは俺一人で出来るよ。 やり方さえわかればなんとかなる」
黒咲くんはその道を躊躇いもなく選ぶ。
自分で自分の首を絞める道を進んでいくんだ。
「ありがとな。 やってみなきゃわかんない。ちゃんと形にして証明しないとな!」
「……やめて」
「時森?」
「そんなふうにがんばろうとしないでよっ!!」
私はそれがたまらなく嫌だった。
壊れていこうとする黒咲くんが、未来の自死へと直結して見えて怖かった。
私も、他の誰も黒咲くんに気づかなかった。
追い込んでいく未来を許せなかった。
本人でさえ気づいていない自己犠牲に私は悔しさから声を荒らげていた。
⬛︎第8話《You were...》#2
