第14.5話《黒く咲いた百合の花》#4 拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
⬛︎第14.5話《黒く咲いた百合の花》#3
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仕事場で由利は器に漆を塗っていた。
(早く……早く上手くならないと。オレはじいちゃんの孫なんだ。早く認めてもらって実績ださないと……)
腕がピリッとひきつり、ムズムズとした痒みが走る。
手を止めてそちらに視線を向けるとすっかり赤く腫れ上がり、かぶれた腕がむき出しになっていた。
「どうして……」
「それじゃダメだダメだ! 全然なっとらん!」
「あ……」
そこに職人の老人が腰に手を当ててやってくる。
由利はとっさに腕を隠し、不安げに老人を見上げた。
老人は目を細めると鼻を鳴らし、由利が手にする塗り途中の器を指差す。
「ムラが多い! そんなんでは世に出せんな!」
「……どうすれば」
「こういうのは見て、やって覚えるしかねぇ。経験する機会がこうも少なくちゃなぁ……」
今は箸やキーホルダーといったものに力を入れており、器を作る機会は減った。
加えて由利の成長がほぼ停滞しており、作っても人様に手に取ってもらえるような仕上がりにはならない。
壁にぶつかり、由利が俯くと表情に陰りが出た。
それを見下ろす老人は長い息を吐きながら天井を見上げ、由利の隣に腰を下ろした。
「ワシはあの椀を作りたいんじゃ。……もう長くない。あの椀を作ることが最後の仕事と決めとるんじゃ」
「……っそんなこと言わないでくださいよ! オレ、まだ何も学べてないんですから……」
「……お前さんは輝利さんによぉく似とるようで、似ておらん。やから、余計にかわいそうにな」
ドクンと、心臓が激しく音を立て、全身はじわりと汗を滲み出す。
「なんで……だって俺はじいちゃんをずっと見てて、それで職人になりたいって!」
「由利くんは頑張っとる。本当に頑張っとるよ。だが……今のお前さんは職人にはなれんよ」
息が詰まる。
輝利は何度も由利の頭を撫で、褒めてくれた。
だがもう由利は褒められなくなり、どれだけ年月が経ったかわからない。
ただ無条件に、由利を絶対肯定してくれる輝利はもういないのに。
いなくなってからの年月はとてもとても長く経過しているというのに。
ーーあの輝きは色褪せる所か、強烈になっていく。
「センス……ないですか? 技術が足りないからですか? すぐかぶれてしまうからですか?」
焦りが募る。
「練習して必ず上達します! 絶対に、絶対にじいちゃんの作ってきたものを俺は──」
「……辛いな。黒咲 輝利の漆器は有名になりすぎた」
ヒュッと息が逆流する。
全身が激しく脈を打つ。
「貴利さんの苦労もわかるさ。あの影は簡単に抜けられん。自分もああなると育ってきたんだ。……そうやって育ったんだ」
圧倒的な太陽。
世界の中心は『黒咲 輝利』でまわり、その周りを多くの人が囲んで回っていた。
その中心が抜けても残像に焦がれて手を伸ばす。
だが回ることしか知らない星々が中心になることはなかった。
【恐怖の大王が《太陽を奪った世界》はなんだ?】
【《これは》もうすでに滅んだ世界なのではないか?】
「だから由利くんには頑張ってもらわないとね。まぁまずは日銭を稼いで地道に広めてくしかないだろう」
何をどうしたら頑張ったことになる?
今していることは、頑張ったことにはならない?
頑張って認められればそれが正解なのか?
「君がやりたいのは工芸品の価値創出。輝利さんの作り上げたものを守る事だろうからーー」
「ちょっと、また由利くんに小言ですか! 体験用の小皿作り、やってくださいよ!」
語る老人のもとへ高齢者になったばかりの女性が歩み寄る。
腕を組んで睨まれると老人はたじろぎ、視線をさ迷わせた。
「こういうのは集中するタイミングがあって……」
「はぁ……まったく。仕事ですからタイミングなんてありませんよ!」
引っ張られていく老人を見送りながら由利はじっと手の甲を見つめた。
輝利とは似ても似つかない、頼りない小さな手だと自嘲した。
「俺には、じいちゃんの跡を継いで守れるだけのセンスがない」
作りかけの漆器を見下ろす。
歪んでぐちゃぐちゃで、割りたくなる気味の悪さに由利は腕をかいた。
***
ーーそれはある雨の日のことだった。
「こんにちは、漆器の納品に来ました!」
「あー、黒咲さんどうも。すみません、バタバタしてて……あのあたり、置いてもらっていいですか?」
「わかりました」
ドラマの撮影で使用する漆器を納品し、由利は車のトランクから荷物を運ぶ。
全ての荷物を運び終え、息を着くと急に足下がガクッと折れる。
壁に手を付き、倒れることは阻止したが頭がガンガンと割れるような痛みを感じていた。
縛られるような頭痛とは違う、鋭い痛みだった。
「~~はありがとうございます。扱いでの注意事項も、事前連絡ありがとうございました。また撮影が終わりましたらご連絡致しますね」
いつの間にかスタッフと会話をしていたようで、由利はハッと顔を上げ、笑顔を貼り付ける。
「またよろしくお願いします!」
(そういえば俺って……)
ーーちゃんと笑えてるのかな?
***
雨の中、田園風景に紛れて車を走らせる。
(今日は……太陽も見えない。月も出ないんだろうな……)
「ーーえっ?」
荒れた視界に黒い影が横切る。
一瞬のそれに由利はとっさにハンドルを切るも、狭いあぜ道でタイヤが捕まってしまい途端に車のバランスが崩れる。
強い衝撃が走り、固く目を閉じただ身を小さくした。
雨の音がダイレクトに聞こえ、頬を濡らす。
「うっ……」
車は横転し、割れた窓から雨が侵入する。
(あ、やばいな。動けないや……)
頭部から血が流れており、足を強く打っていた。
だが霞む視界で“痛い”と感じることは出来ず、重たい身体を沈ませる。
「にゃー」
あぜ道から黒猫が顔を出し、ガリガリと車の扉部分を引っ掻いていた。
「よかった、お前……無事」
「にゃー」
金色の丸々とした目が、まるで月のようだった。
重なる姿に自然と口角があがる。
「なんか……似てるな……。こんな時に思い浮かぶなんて……拗らせてんなぁ、俺……」
ーー何故だろう。
いつまでも空は晴れない。
星が見えない。
いつまでも、煙が空を覆ったままだった。
***
次に目を覚ましたとき、由利は病院のベッドの上にいた。
「……由利?」
「親、父……」
分厚い手帳を眺めていた貴利が由利の意識が戻ったことに気づき、顔を上げ安堵する。
そのくたびれた顔を見たとき、由利は鈍器で殴られたかのような衝撃を味わった。
「ごめん、ごめんな、親父。 お金、かけちゃってごめん……」
顔を見ることが出来ない。
腕を組み、顔を覆うと由利は目を閉じて暗闇に浸った。
その後、貴利に治療費を立て替えてもらい、早々に退院した。
頭部の切り傷に、右足の骨折。
松葉杖をついて病院から出ると、雨の時期は過ぎ、暑い夏が訪れようとしていた。
***
仕事に復帰した由利がパソコンで作業をしていると、腰を曲げた老人の職人が手招きをしてくる。
慣れない松葉杖をつき、老人の隣に腰かけると老人は器作りの作業をはじめた。
「よく見ておきなさい。 これが最後に作る器になるだろう」
「なにを言って……」
「ワシは結局、最後の命を燃やしても黒咲 輝利には叶わん。だがプライドはある」
【あぁ、まるで降り積もる雪のようだ】
「お前は黒咲 輝利を超えたいのだろ? なら、見ておけ」
【その曲がった背中は】
【しわくちゃの小さな手は】
【燃え続けて】
「お前の祖父は……“怪物”だったんだ」
【いつの間にか“灰”になっていた】
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真夏の暑さが肌をジリジリと焼きつける。
今ではもう、燃えても煙は上がらない。
煙突がなくなり、流れるようにいつの間にか終わる。
技術の進歩が世界から哀愁を消していく。
誰も黒煙を見たいと思わない。
その煙の持ち主を知ってても知らなくても、煙は見たものの心に影を落とすだけ。
明るいホテルのロビーのような待合室で由利はソファーに腰かけ、長い息を吐く。
熟練された技術が、また一つ壊れた世界でなくなった。
(まだ、何も学べてないのにな……)
黒いスーツの下で腕が痒くなる。
右足がズキズキと痛み、固定されて放り出しているだけだ。
(葬式が終わったら、休んでた時の分も仕事しないと。あと星祭りだって、やりたいんだからちゃんと考えないと)
高校生最後の星祭りで投げた光る石のイベントは実質元通りになっていた。
あの時の華やかなイベントを出来るほど、運営がまわらないのが現状だ。
「……がんばらないと。若いのは俺だけなんだ」
(あれ? そういえば俺って何歳だった?)
【卒業してから何年経ってるんだろう?】
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第14.5話《黒く咲いた百合の花》#5
