第2話《流星》#1 拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
第1話「FirstLove」
⬛︎第2話《流星》本文
星降る夜の屋上。
群青色に溶け込みそうな繊細さのある男の子が望遠鏡の前に立っていた。
(どういうこと? 黒咲くんは死んだって……というか制服?)
「幽霊? え、そんなことある?」
「おーい、勝手に殺さないでくれよ」
「ぴゃあっ!?」
いつの間にか目の前に立たれており、闇夜に浮かぶ冷えた手が頬に触れる。
池を泳ぐ鯉のように飛び跳ねた私に黒咲くんは口角をあげ、クスクスと無邪気に笑い出す。
そのことに途端に恥ずかしさが込み上げた。
きっと池から顔を出したのは鮮やかな鯉だっただろう。
「ぴゃあって……ははっ、お前しか言わないよなぁ」
「ちょっとやめてよ!」
「ごめんごめん」
キラキラと流星群に紛れてしまいそうな輝き目が奪われる。
自然と口角があがり、胸がキュっと音を鳴らした。
(黒咲くんだぁ。 そっか、これ夢見てるんだ)
「私、卒業してからもずーっと拗らせて好きだったからなぁ」
「は?」
「ん?」
「え?」
「……え」
沈黙。
途端に口から出た言葉に赤面した。
「あ、ちが、違って! これはその、星が好きってことで!」
(一体私は何を言ってるんだ!?)
「あ……星ね」
腑に落ちないながらも笑って流してくれる。
いや、気づいてないだろう。
何故なら私は当時、黒咲くんに好意を見せていないのだから。
誤魔化す以前に、私たちの間に甘ったるい空気は流れなかったのだから恋愛への発想には至らない。
私は達観した拗らせにより、心の中で腰に手を当てて高らかに笑っていた。
「今日はふたご座流星群が見えるからなー。 屋上とか絶景と思って侵入したわけだが、時森も侵入してくるとはやるなぁ」
「わ、私はそういうわけじゃ……」
(あれ? 私っていま黒咲くんにはどう見えてるのかな?)
実際の私はこの場所に現れていない。
リアルな夢なのか。
ここにいる黒咲くんは幻で、私を見るにあたり輪郭というものはないのかもしれない。
私にとっての都合のいい形だ。
長年の拗らせにより美化された爽やかな男の子が空を見上げていた。
「やっぱり星はいいな。 流星群なんてロマンがあるね」
「そうだね、久しぶりに天然の星空を見たよ」
その言葉に黒咲くんは首を傾げる。
「星は毎日見えるだろ。 流星群だから特別なんだよ」
「あは、そうだね」
都会では星はみえない。
高層ビルと人工的な灯りで空はいつも青混じりのグレー。
都心部から離れても空に見えるのはポツポツとした小さな星と、流れ星に見せかけた飛行機の光だけだ。
プラネタリウムなんてものは星に焦がれながらも都会を離れられない人間には最高の娯楽だろう。
それくらい満天の星空なのに身に染みる違いは大きかった。
(こんな穏やかな気持ちは久しぶり。 ずっとピリピリしてたから)
何年も社会人やっておきながら、私はなんの価値も見出せなかった。
電話に出ては謝って、上司に相談してはため息をつかれ、周りの女性に助けを求めれば睨まれ拒絶。
忙しい。
自分でやれ。
なんでそれくらい出来ないの?
迷惑かけてるのわからないかなぁ。
空気読めよ。
そこまでしがみつかなくても若いんだから。
本当に幸せなの?
社員ではやってけないよね。
田舎あるんでしょ? 実家頼ったら?
帰ればいいじゃん?
生きていく力のない奴の価値ってなに?
生きてて幸せ?
(無価値だって……他人にまで言われたらどうしたらいいかわからないよ)
頭の中にぐちゃぐちゃしたノイズが走る。
たくさんの声が再生されて、年代もバラバラで冷静な思考を奪おうとしてくる。
ずっと何か得体の知れない黒いものに追われている気分になる。
「時森? 大丈夫か?」
黒咲くんの優しいテノール声で我に返る。
背中に冷たい汗が流れていた。
「うん、大丈夫」
ヘラっと笑い、頬をポリポリとかいた。
「ありがとね。 黒咲くんに会えてよかった」
「なんか、いつもと違うな」
「え?」
「ちょっと、かわいいかも」
言われ慣れない単語に喉から心臓が飛び出た気がした。
いや、矢で射られたと例えた方が良いだろうか。
枯れに枯れた私にはほんのちょっとの甘い言葉と態度でさえ、吐血物だった。
(か、かわ、かわ、かわっ!!!?)
そんな単語、言われなくなってXX年だ。
いや、案外思春期ゆえのかわいいがこそばゆい現象なのかもしれない。
リアル男子高校生にしか出せないピュアな囁きは、全国アラサー喪女の会(仮)でリピート再生待ったナシである。
今度は心の中で鼻息を荒くし、デロデロになる私がいた。
(何せ私は年齢=彼氏なしのアラサー)
だが心の私はワタワタと慌て出す。
(そもそもこの言い方は死語? ダメだ、若者言葉がわからない)
頼むから私をおばちゃんと呼ばないでくれ。
高校生とはそれだけで破壊力があるのだから優しい目で見ておくれ。
と、拗らせたアラサー女は血を流し続けていた。
「ね、ところでさ、ポケットの中に何入れてるの?」
「ポケット?」
制服のスカートのポケットをあさる。
セーラーの形にかわいいリボンのついたやや古風なデザインの制服。
ブレザーに憧れたこともあったけど、これはこれで尊い。
制服を着れるのは現役か夢の中だけだ。
一部が着てる現実もあるが、大半は夢をぶっ壊し学生という空気がないので論外である。
さて、またまた脳内暴走は置いておきポケットから出てきたのは巨大真珠のような丸い球。
角度によって色が変わり、透明にもみえてクリスタルにも見えてくる。
「なにこれ……」
「めっちゃキレーだな! なにこれ、すげー!」
(興奮していらっしゃる)
星好きの彼からすると未知の石に見えるのかもしれない。
隕石だったりして、と冗談程度に笑った。
「なぁ、時森! これ、いらないならオレにちょうだい?」
「え、えー……」
(なんでそんなもの持ってるんだろ? 元々持ってたのかな?)
それでも欲しがる人のもとにいた方が石も幸せだろう。
私が見たいだけの夢の世界。
ここにはいない幻想の黒咲くんにこうして何かしてあげたかった未練なのだろう。
果たしてこれで未練解決になるかは疑問ではあるが。
「い、いいよ? あげる」
「よっしゃー! サンキュー!」
(本当に明るいなぁ。 いつも友達と楽しそうに笑ってて、優しくて、みんなの人気者だった)
だからこそ、里穂からの連絡が嘘と思いたかった。
あまりに実感のないニュース。
私は彼が笑って生きていたのをたしかに見ていたのだから。
(そんな彼がどうして自殺なんか……)
夢でもいい。
私は黒咲くんの本音を知りたかった。
それが私にとって都合のいい答えを出してくれると分かってて、私は黒咲くんに向き合った。
「黒咲くん、あのさもし悩みがあるなら──」
「ゴラァァァ!! お前らなに勝手に入っとんじゃあ!!」
突如、屋上の扉が勢いよく開かれ黒髪オールバックのエス顔な教師・橋場 幹介が走ってきた。
見た目のエセ紳士さにあわない田舎の頑固オヤジな口調である。
「橋ミッキー!?」
「やべ、逃げるぞ!!」
「わっ!?」
パッと黒咲くんが私の手首を掴んだ。
その手は冬なのに汗ばんでいて、あたたかかった。
「おいゴラァ!! 明日覚悟しておけよ!?」
意外と足の遅い先生の横を通過して私と黒咲くんは屋上から逃げていった。
全力疾走で学校を飛び出し、敷地の脇の道。
用水路の流れる音と、冬の寒さでピリつく感覚があった。
足を止めると黒咲くんはいたずらっ子のように歯をみせて校門の方へと振り返る。
「ここまで来れば大丈夫かな?」
(久しぶりに全力疾走。 ちょっと、アラサーには、しんどっ……)
「お前息上がりすぎだろー」
「そんなこと言われたって!」
(アラサーになればわかることじゃ!)
この身体は十代のはずだが、走ることを忘れたアラサーにはちょっとした運動がハードであった。
唇を尖らして黒咲くんを睨みつける。
(アラサーに……)
そこで私は現実と夢の狭間に立つ黒咲くんを見て胸が締め付けられ、息が出来なくなるくらい苦しくなった。
この人はあの世界でもう生きていない人なんだ。
こんなに表情があって、息をしてて、喋ってて、あたたかくて、風に髪がなびいてるのに。
もう彼はいない。
自分で命を絶ってしまった生きていけない側の人間だったのだ。
ここにいる黒咲くんはなに?
どうして笑っているの?
これも夢だから私の好きを詰め込んだ美化した黒咲くんなのかな?
私は一体どうなってるの?
ここにいる私は誰だ。
「そうだ、スマホで……」
「スマホ? なんか流行りだしてるってやつ?」
制服の胸ポケットに入れていたスマートフォン……ではなく折りたたみ式のケータイ電話を取り出す。
(ガラケー……え、ガラケー!?)
「2010年12月14日……」
「今日だけど?」
(そんなことって……)
私の足から力が抜け、情けなく地面に座りこんでしまう。
「えっ!? 時森!?」
(こんなことが起こるの? 夢だよね? そうじゃなきゃこんな……)
青ざめ、地面にへたりこんだ私に目を合わせるようにしゃがみこむ黒咲くん。
私を見つめる瞳はまるで黒真珠。
高校生なのに少し大人っぽく見えていた原因だと気づいた。
「本当に大丈夫か?」
「あ……」
黒咲くんの手が頬に触れる。
わずかに汗ばむあたたかさと、頬がしっとりとしていく感覚は生々しかった。
私は込み上げてくる熱い感情思わず喉が詰まって、涙が視界を滲ませた。
(あたたかい。 これは生きている人の手だ)
黒咲くんは生きている。
私の好きだった黒咲くんがここにいる。
喉が焼けて、何度も何度も私に多幸感をくれた初恋の人がいた。
「黒咲くんっ! 私!!」
(ずっと好きだった。 伝えずに卒業したこと後悔してて)
でも、いざ口を開いても言葉が出てこない。
焼ける喉と火照る頬、こみあげる涙と爆発しそうな感情の反応が揃っているにもかかわらず、恐怖が勝る。
結局、高校生だろうがアラサーだろうが恋愛には臆病でブレーキばかりかけるところは何も変わっていなかった。
「時森?」
「ううん、なんでもない」
私は鍛え上げられた笑みの仮面を貼り付ける。
ブレーキをかけて、コーティングするように告白しない理由をあげていった。
(未来で黒咲くんが自殺するというのに告白だなんて、そんな呑気なことしてられない)
夢だろうがなんだろうが、ここで生きている黒咲くんを死なせたくなかった。
恋が実るとかよりも、私は彼に幸せになっていてほしかった。
幸せになっていると思っていたから、長い時間をかけて思い出に変えていた。
それを仮に幸せな彼を見ても私は《大人》だからと祝福していただろうから。
(よくわからないけど黒咲くんはここにいる。 助けなきゃ。 彼が自殺なんて絶対におかしいもの!)
「なんでも。悩みがあったら言ってね? 私は黒咲くんの力になりたいから」
「え? あ、うん」
突然の申し出に黒咲くんはポカーンとマヌケ顔。
そんな腑抜けた犬顔も好きだったなと思い出す。
「ありがとな。 その時は頼らせてもらうよ」
(私はアラサーで年齢がずっと上なのに。 なんて言葉をかけたらいいかわからない)
クスリと笑って、目を細める黒咲くんはやっぱり少し大人っぽかった。
(黒咲くんは思ってたよりずっとずっと大人だったのかもしれない)
私は……私は子どものまま。
なんの成長もしていない年齢だけの大人だ。
大人ってもっと大人だと思っていたのに、高校生のときと何一つ変わらない。
変わるのは嫌いな人やどうでもいい人へのニコニコ顔が鍛えられるくらいだ。
リアルに言うと敬語と謝罪も上手くなる。
大人なんてその程度だ。
大人よりも、学生の時の方が勢いがあって怖いものがなかった。
ある意味で高いところを怖がらない大人だった。
「もう、後悔したくない」
これは大人のお節介だ。
初恋の人が自殺という結末は嫌だ。
こうして触れて会話をするだけで幸せを与えられる素敵な人。
どうか悲しい結末を選ばないで。
私と違って黒咲くんは価値ある人なんだから。
長年蓄積した暗闇の中に、黒咲くんという花がひっそりと咲いた。
「黒咲くんは私が助けてみせるから」
「はぁ……うん。よくわかんねーけど、ありがとう?」
「帰ろ?」
「うん」
理解出来なくても黒咲くんは嫌な顔をしない。
少しおかしそうに笑って背伸びをした。
「あー、屋上に望遠鏡置きっぱなしだわ。 怒られるなぁ」
「大丈夫、私も一緒に怒られてあげる!」
「なんだよそれ」
ニッと歯をみせて笑う黒咲くんに頬が緩んでいく。久しぶりに口角が上がっている感覚に笑みを咲かせた。
こんなに心穏やかに笑ったのは久しぶりだ。
笑うのは辛いことも少しだけ気を紛らわしてくれるお薬みたい。
胸の痛みは消えないけど、笑っている自覚は何よりもの癒しだった。
どう考えても私は黒咲くんが好きだった。
助けたい。
あわよくば告白しなかった後悔を解決して、私も未来を歩けるようになりたい。
(逃げてばかりの私とサヨナラだ)
こうして私は2022年から2010年へとタイムスリップ。
30歳の社畜OLが高校三年生となって故郷へと戻ってきたのだった。
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