【エッセイ】石橋を叩く前に。
「石橋を叩いて渡る」
物事に対して慎重に行動する例えとして使われる
ことわざがある。
わたしも石を叩いて叩いて余すことなく叩きまくっての人間だと思って生きてきた。
でも実際はもう少し違う気がする。
わたしは叩いて安全を確認することよりも、
叩く前の「確認作業」に重きを置いているのかもしれない。
どういうことかというと、
叩く前に
周りに人が居ないかキョロキョロ
どの道具で叩いたら良いか吟味
どこの石から叩いたら良いか分析
万が一叩いて壊れたときの対策
など不安材料が残らないように、
確認に確認を重ねて叩くための準備をする。
だから、実際に「石橋を叩く」=「行動に移す」
までに時間がかかるのである。
えいっっ
って初めて叩く頃、
周りはもうずいぶん先に進んでいる。
でも不思議なことに、
「周りと遅れている」という焦りがない。
何故なのか。
実際はそんなに叩かず、走り抜けているからである。
石橋を叩く前の確認作業に労力を注ぎすぎた結果、
「さあ、石を叩くぞ!」の頃には満足感や疲労感で
いっぱいに。
「大丈夫っしょ、確認したし。そんな叩かなくても」と急に雑なわたしとなる。
本当に自分は慎重なのか、
それとも大胆なのか分からなくなりそうだ。
でもこのおかげで石を沢山トントンせず
見事にスルーを決めて猛ダッシュするので
周りになんとか追いつける。
これまでのわたしは石を叩いて叩いて
とことん叩きまくっての慎重派の人間だと思っていたけれど、
実際は叩く前の「確認作業」に時間を割いていて
自分の納得のいくところまで確認したなら、
あまり石を叩かずに渡るということに気づいてしまった。
とりあえず覚悟さえ決まってしまえば
勢いに乗って橋の端っこまでジャンプも繰り出せる。
会社を辞めて地元に戻ると決めたとき
今の旦那と結婚しようと思ったとき
この辺りは石橋ほぼ叩かず大ジャンプしたなあ、
なんて振り返ってみたり。
我ながら矛盾していて面白い。
「石橋をあまり叩かず走ってく。」
とはいえ石橋を叩く前に、
確認したいことがあり過ぎるのもわたしの持ち味。
ここがあるから、いざという時、大胆にもなれる。
慎重かつ大胆さを兼ね備えて
これからの人生も駆け抜けていきたい。
おわり
*最後まで読んでいただきありがとうございます
