乃木将軍にあやかってー死後から日中戦争までも
乃木希典将軍といえば、真っ先に思い浮かぶのが日露戦争における旅順攻略戦でしょう。そして明治天皇の死去に合わせて妻を道連れに自害したことも。当時、大きな反響を呼び、それから長く「海の東郷、陸の乃木」という、日本軍の顔として長く伝えられることとなります。
こちら、1926(大正15)年1月15日に発行されて以来、関根虎雄が編集して版を重ね、翌年の1927(昭和2)年9月13日発行の65版になる「明治大帝と乃木将軍」と題した写真を中心に2人を偲ぶB4判の大型の画報です。



この画報によると、1912(明治45)年7月30日、明治天皇が亡くなりますが、乃木将軍はその3日目ぐらいから殉死の決意をし、明治天皇大喪の9月13日朝、夫妻の最後の写真を撮影、妻静子さんを道連れに割腹自殺します。これは、遺書や普段の言動から、西南戦争で連隊旗を奪われた責任をいずれとりたいと思っていたのが原因とされています。

この殉死を、多くの人は武人の鑑と讃えますが、真っ向からこれに反対したのが、当時信濃毎日新聞で主筆を務めていた桐生悠々でした。

桐生悠々は1912(大正元)年9月19日から21日にかけて「陋習打破論ー乃木将軍の殉死ー」と題した社説を書き、「殉死もしくは自殺は、封建の遺習」と指摘し「一刻も早く之を打破せねばならぬ」と訴えます。そして封建時代の忠臣二君に仕えずという思想は今日は無意味であり、大正天皇にも明治天皇にも不忠ーと言い切ります。
これに対しては読者からの大きな反論があり、社長がそうは思わないとの文章を掲げて納めますが、大勢は、殉死を尊いものとし、乃木将軍に一層の箔をつけてみるようになります。ただ、こうした行為が後に華々しく散ることを尊いとする意識につながった点は否めないと思われます。

さて、こうした生涯を経た乃木将軍です。その知名度は、その最後の衝撃も加わって、さまざまな分野に広がります。乃木式という、乃木将軍の子育て方法はもてはやされ、各地に「ゆかりの地」が伝えられ、置物などにももちろん使われます。こちら、収蔵している乃木将軍の置物です。

そして、乃木将軍は日露戦争後、学習院の院長を務めるなどしていますが、そうした縁からか、由来は不明ですが「乃木将軍学生服」なるものも作られていたようです。
これは日中戦争当時のチラシで「非常時克服は乃木精神で! 乃木服を着て身も心も鍛えましょう!」とのキャッチコピーに乃木将軍の顔写真も拝借しています。

裏は学生服とは関係なく、つちや足袋株式会社のあいさつと特約店あいさつがごっちゃになったような「宮崎タイムス」。日中戦争開戦から1年余、1938(昭和13)年11月1日発行号で、「祝漢口陥落」という題字でスタートしています。

「御承知の物資統制下における地下足袋生地及びゴム原料の入手難にて、各社共相当困難を来し現今スフ混織の地下足袋も相当市場に流出致し居る状態」ではあるが、つちや製品については記事は従来の純綿、ゴム底も吟味した一流品として安心して取引をとします。

しかし、製造工程に制限を付けられていて「品物の出回りには非常に円滑を欠く状況」なので、注文は余裕をもってしてほしいとしています。質の良い材料ー従来の材料を確保するのは困難であること、製造工程の制限とは、おそらく職人らの徴兵や一部の金属製部品に対する規制などであろうと思われます。
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最初、このちらしをみて、あやかり商法もここまで来たかと思ったのが記事を書き始めたきっかけですが、それだけでは深みも何も感じられないので、桐生悠々のエピソードも加えてみました。
死を崇高なこととする裏には、生命は鴻毛よりも軽いという、生への執着を否定する思想があります。人々がいつまでも乃木将軍を引きずっていく中で、軍隊もまた、それを乃木将軍個人のことではなく、全体に広げる愚につなげてしまった。「一死以て大罪を謝す」と自決した太平洋戦争当時の阿南陸相も、これを正しいとし、本当の意味での責任を放棄してしまったと言えるのではないでしょうか。
「生きてこそ、立つ瀬もある」ですよ。皆で生を全うする、逆境でも支え合い助け合える、そんな社会が生命を大事にする、戦争を避ける思考にいきついてくれるのではないかと思うのです。
ところで、「桐生悠々自伝」(現代ジャーナリズム出版会)の桐生の回想で、当時、殉死を批判した各地の人は投石や脅迫などを受けたということで、「長野県はさすがに理智の国であるだけ、私はこうした種類の迫害は受けなかったが、私の論に反対する読者の投書が殺到した」とあります。そういう中で、桐生悠々に対して当時、長野県の学務課長が「あれはあれで通る」と評価したこととともに、論には論で、そして論を尽くすことで、落ち着くところに落ちつくという、ごく大切な基本をくみ取ったこと、伝えさせていただきます。
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