【技術レビュー】なぜレッドブルは「操るのが難しいマシン」なのか?:なぜそのようなマシンを設計するのか?
空力の限界を突き詰めた果てにあるジレンマ
「レッドブルRB21は乗りこなすのが難しい」──今シーズン、パドック内で何度もささやかれている言葉だ。シーズン序盤からマックス・フェルスタッペンは安定してポイントを重ねていて、日本GPは勝っているものの、その一方でチームメイトは苦戦を強いられている。このギャップの理由を、「才能の差」や「セッティングの違い」だけで片付けてしまうのは簡単だ。しかし実際には、もっと根深く、そして技術的に奥深い理由がある。
今回は、「なぜ今のレッドブルは難しいのか?」という問いに正面から迫ってみたい。
■ グリップの“崖”を歩く:狭すぎる「パフォーマンスウィンドウ」
F1のマシン設計において、すべてのチームが直面する選択がある。それは、「パフォーマンス最大化を狙ってドライビングが難しいマシンを作るか」、それとも「扱いやすさを重視して性能をある程度妥協するか」というものだ。レッドブルは言うまでもなく、前者を選んでいる。そして、フェルスタッペンという“才能”がその選択肢を成立させている。
「メトロノームのように正確だった」──これはかつてシューマッハの運転を評した言葉だが、今それはマックスにも通ずる。あるエンジニアは精密な運転を求めるマシンが生まれる構造的な背景をこう語る。
「空力性能のピークを狙うと、マシンが最大のパフォーマンスを発揮する『ウィンドウ』が極端に狭くなる。そのウィンドウの中にいる限り、信じられないほどの速さを発揮できるが、ほんのわずかに外れるだけで、急激にグリップが失われてしまうんだ」。
これが、今のレッドブルが“綱渡りのようなマシン”と評される理由だ。

■ グラウンドエフェクトの落とし穴と空力ヒステリシス
現代のF1マシンは、床下で発生するグラウンドエフェクトによって膨大なダウンフォースを生み出している。だがこの力は、“車高”という非常に繊細な変数に依存している。
ブレーキング時、ノーズが沈み込むと前後のライドハイトが変化し、空力バランスが大きく動いてしまう。これにより、リアのグリップが突然失われることがある。こうした挙動は、特にRB21のような“ピーキーなマシン”で顕著だ。
加えて、エンジニアが強調したのが「空力ヒステリシス」という現象である。一度フロア下の渦が失速してしまうと、車体の姿勢が元に戻っただけでは流れが再び安定しない。さらなる調整──例えば、ライドハイトを一段階高める──が必要になる。この“空力の記憶”が、マシンをより神経質にしているのだ。
■ サスペンションと空力の密接な関係
空力の安定性を保つには、車体の姿勢変化を最小限に抑える必要がある。そのため、今のF1ではサスペンション設計が空力性能の鍵を握っている。
マクラーレンは2025年に新しいアンチダイブ構造のフロントサスペンションを導入し、ノーズダイブ(前のめりの姿勢)を抑えることでフロア下の空気の流れを安定させている。結果として、マシンの挙動が安定し、ドライバーにとって“扱いやすい”マシンとなっている。
一方で、レッドブルは相変わらず“攻めた”設計を採用し、空力と機械的グリップの極限を突いている。それが成功しているのは、ほぼ唯一、マックス・フェルスタッペンという存在のおかげだ。

■ 「なぜ、そんなギリギリの設計をするのか?」
この問いに、そのエンジニアは明確に答える。「飛行機の翼と違い、F1マシンのフロアが失速すると、ドラッグも下がる場合がある。ストレートでのスピードを上げるためには、ドラッグをできるだけ減らしたい。だからチームはギリギリのラインを攻めるんだ」。
つまり、失速のリスクを背負うことで、ストレートスピードのアドバンテージを得ているというわけだ。これはまさに「諸刃の剣」。ドライバーのスキルがそれを使いこなせなければ、ただの不安定なマシンにすぎない。
■ マックスですら「難しい」と感じ始めている
そして、昨シーズンのいくつかのグランプリでは、そのマックスでさえ「クルマのバランスがシビアだ」と不満を漏らすシーンが増えている。
「最近は少し限界を感じる時がある」──そんな言葉を聞くと、この設計哲学がいよいよ転換点に来ているのではないかと思わされる。

■ これからのレッドブルに必要な「選択」
では、今のレッドブルはどうすべきなのか?
精度の高い一人のドライバーを中心に、ギリギリのピーク性能を追い求めるのか。あるいは、2人のドライバーが安定して速さを発揮できる、少し“遊び”のあるマシンに方向転換すべきなのか。
どちらが正しいというわけではない。しかし少なくとも、RB21のような“刃の上を走るマシン”を手なずけられるドライバーは、そう多くはない。
そして、フェルスタッペンでさえ疲弊しつつある今、2025年に向けた次の一手が、チャンピオンチームにとっての最大の岐路となるかもしれない。
