創作大賞応募用 いかなる花の咲くやらん 第11話 ついに
「起きろ、祐経。お前に父を殺された曽我十郎、五郎兄弟が積年の恨みを晴らしに来たぞ」
「よくも何の罪もない父を殺し、母を悲しませてくれたな」
「われら曽我兄弟が、仇討ちもできない腰抜けとお思いか」
「起きろ、起きろ。今こそ自分のしたことを、悔いるがよい」
「さあ、お前の流す赤き血で、地獄の業火で身を焼いている父を、成仏させてくれようぞ」
そう言うと、五郎が祐経の肩を刺した。祐経は肩を刺されて、目を見開き、しばらく兄弟をみつめていたが、そばにあった太刀を取って、起き上がろうとするところを、十郎が躍りかかってはったと打つ。五郎も躍りかかってはっしと打つ。早くも二人で二太刀ずつ切りつけた。
兄弟は「これで良し」と外へ出たが、五郎が立ち戻って、
「そうだ。とどめを刺さなかったぞ」
「どうして。とどめというのは不確かな時に言うものだ」
「いやいや、仇を討った時の決まりだ。後日、『曽我兄弟は慌てて、とどめを刺さなかった』と言われるのは心外だ。そう言って、立ち戻り、刀もこぶしも通れと三度ほど刺した。
部屋を出た二人は「以前は噂に聞いていたであろう。今は目で見よ。曽我の冠者たちがただ今、君のお屋形の内で、親の仇工藤祐経を討ってまかり出た」
俄かに宿所がざわめき始めた。人々が声々に「弓よ」「矢よ」「太刀よ」「刀よ」「甲は」「腹巻は」「「それはないか」「なになには見ないか」と騒ぎ始めた。山も麓も谷も峰も大地震のごとくであった。こうした中で、畠山と和田の宿では「曽我の兄弟がかねてよりの宿願である仇討ちを果たしたのであろう。頼朝様の一大事ではありますまい。騒ぐことではござらぬ」と、家来の騒ぎを鎮めていた。兄弟の元へ愛甲三郎が押し寄せた。五郎が打つ太刀に右の肩を切られて引き退く、次に駿河の国の岡部五郎が走り向かう。十郎と対決しようと、太刀の柄を取り直して打ち合おうとしたところを、左手の指二本を落とされて一太刀打たずに引き退く。次に遠見の国の原三郎が押し寄せた。五郎が左のあばら骨二本から腰の骨まで切りつける。次は御所の黒弥五が走り向かう。十郎が切って出て、後ろの首を鬢と共に切られ逃げた。入れ替わりに、信濃の国の海野小太郎行氏が十郎と打ち合った。ここに伊勢の国の加藤太郎は海野に劣るまいと進んだので、十郎も二人の敵と打ち合うところに五郎が右の脇からさっと出て、刀を加えて打ったので、加藤太郎は乳の間を切られて退き、海野小太郎は肩甲骨を切られて逃げた。次に駿河の国の船超党吉香小次郎が走り向かう。五郎が肘を切る。次に鎮西の宇田五郎が押し寄せて、十郎に打ち向かう。十郎が力を出してからりと打つと、宇田の太刀の鎬を深く削って、流れるたちで宇田は右の二の腕を切られて引き退く。次に同国の臼杵八郎が押し寄せて五郎と打ち合った。臼杵が太刀を地面に強く打ち込んだのを抜かせる間もなく、躍りかかり、首を打ち落とした。この時の戦いは後の世で『曽我の十番切り』と伝えられた。
誰も兄弟に太刀打ちできなかった。
兄弟が額に太刀を当てて構えて走り回る姿は、鷹などが鶉や雲雀を追い立てる時の様子に似ていた。次から次に切りかかってくる敵に兄弟は息をつく暇もなかった。
真っ暗な激しい雨の中、向かってくればさっと打ち、かかってくればふっと切っていくうちに数も分からないほど切った。
「あまりにも暗くて敵も味方も区別がつかない。松明に火をつけてなげだせ」と叫ぶ者がいる。
これを聞いて、松明を一本、御厩舎人の時武が投げ出した。これに倣い、屋形のあちこちから競うように松明が投げ出された。松明を持ち合わせていないものは蓑や笠に火をつけて投げだした。今や火の明るさは太陽がくまなく照らすよりもさらに明るかった。
松明の火を頼りに用樹三郎が押し寄せ、五郎に右の肩を切られた。次に市川別当次郎が「なぜ、頼朝様のお屋形で、このような狼藉を果たしているのだ。名を名乗れ」というので
「曽我の兄弟が親の仇を討っておる。仇を討つときはご陣内も構わないのが前例だ。晴れの戦は初めてか。良く良く見習え」
「曽我の兄弟が仇討ちにかこつけて、頼朝様を討ちに参ったか」
「何故そのような是も非もないことを。我等兄弟幼き折に父を殺され、工藤祐経を討つことだけを祈願し育ってまいった。ほかに邪念はあるものか」
「我等が本懐をなんと心得る。このうつけがあ」と、五郎が躍りかかって、左右の腿を切り下げた。
そこで伊豆の国の新田四郎忠経が「殿方達よ、何故そのようにみっともない戦いをしている。敵が二人ならば、一人ずつ引き離し、大勢で囲み、前後から太刀をそろえて打てばよい」と呼びかけた。皆、それに習い、兄弟を引き離すように、一人一人を大勢で囲んだ。
新田四郎が進み出て「十郎殿、同じ親族として言う。みっともない死に方をするな」
「言うまでもない。夜も更けたのに、今だに戦いがいのある相手に会っておりませぬ。そなたと戦いたいと思っていた。同じ一門の四郎殿の手にかかろう」
二人は燃え上がるほど、激しく戦った。十郎の太刀は少し長かったので、躍りかかって打つと、新田四郎の鬢を切り、右の肘を切った。四郎は全く動ぜず、互いに互角の勝負をしていた。しかし、新田四郎は今、出てきたばかり、十郎は宵より多くの敵に打ち合い、身も疲れ力も弱っていた。そのうえ、赤銅作りの太刀の柄は血で汚れ、ひどく滑ったので、一瞬退いた。その隙に四郎が打ち込んできたので、十郎は「もはや、これまで」と四郎に組みかかろうとした。
そこへ、先ほど、わき腹を切られ、木陰に逃げていた原三郎が近寄り、十郎の右の肘を強く刺した。十郎の太刀が乱れたところを、新田四郎が左の肩先より右の胸へ切りつけた。
「五郎は、どこだ。五郎はいないか。兄は新田四郎の手にかかり討たれた。まだ、傷を負っていないのなら、頼朝殿の御前に参じ、この狼藉、ただの狼藉ではない。父の無念を晴らすための曽我の兄弟の長年の企て。殿の世を乱そうとしたものではない。また、母や曽我の父は預かり知らぬことと、拝謁を賜れ。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」と、十遍念仏を唱えると十郎は頭を西に向けて大きな音を立てて倒れ、息絶えた。
「兄上、兄上。ええい、どけー。兄上―」
五郎は一目、兄を見たいと思ったが、侍たちの垣根に阻まれ、兄の死に目を見ることはできなかった。侍たちは五郎の行く手を塞ぎながらも、誰も立ち向かうことはできなかった。
五郎が太刀を真甲に充て、四方を見回し立ちたる様は、古の漢の高祖、はんかいのようでもあり、鬼のようでもあった。
そこへ白い大口袴の腿立ちを取って挟み、棟鍔の太刀を担ぎ、腿寄を銀で覆った太刀の鞘を前下がりに腰に帯びた、堀藤次が立ちはだかった。打ち合うと見せかけ、耳元で囁いた。
「お気持ちお察しいたします。ですが、残念ながら十郎殿はもうこと切れております。
十郎殿の最後の望みは、頼朝様へのお目通りでございます。
私が逃げるふりをして、頼朝様のご寝所までご案内いたします。どうか、追って来てください」
五郎は驚いて藤次を見つめた。「さあ」と囁くと藤次が駆けだした。
慌てて五郎はその後を追った。
五郎丸という童がいた。比叡山に奉公し、十六歳で仇を討ち、怪力で、優れた馬乗りであったので、頼朝に気に入られ仕えていた。その五郎丸がお屋形の入り口で敵の様子を伺いつつ、女の姿をまねて立っていた。
そこへ、五郎に追われた堀藤次が逃げ込んできた。五郎も続けて藤次を追った。藤次も五郎も女の格好の五郎丸には気を配らず、中に入ろうとしたところ、その女が肘を取って「えいやっ」と抱き着いてきた。五郎丸はそのまま自分の体に引っ掛けて倒そうとしたが、五郎はびくともしない。五郎はそのまま、五郎丸を引きずって二間、三間歩いた。かなわないと思った五郎丸は「敵を捕まえたぞ。えいや。えいや」と叫んだので、五郎は刀で切り落とそうとした。ところが、この時が五郎の運の尽きだった。血のりがべったりと付いた刀は、走っている間に手から滑り落ちていた。
腰の刀を取ろうと思ったが、腰の刀は先ほど亀若に渡してしまっていた。そこへ相模の国の加この太郎が『逃がすな、ものども』とやって来た。藤次がしまったと思った時、御厩の小平次が「討つな、討つな。取り押さえろ。取り押さえて、御前に引き出」と叫んだので、大勢が五郎の手を取り、足を取り、髻を取って庭へ引きずりだし、その場で討たれることはなかった。
(あのまま、切りあっていたら、この場で五郎殿は討たれていたであろう。何故か知らぬが腰の刀が無かったことが、幸いしたな。これで、明朝には、頼朝様にお目通りできるであろう)と、藤次はほっとした。
御厩の小平治が頼朝の御前に参上して、
「頼朝様、夜討ちは、曽我の兄弟でございました。十郎は討たれ、五郎は搦め取られました。」
と、申し上げた。
五郎は小平治の下僕の国光に預けられ、御厩の柱に縛りつけて監視をされた。
夜が明けると五郎は尋問のため頼朝の御前に引き出された。縄に縛られ歩かされる五郎の姿を見て、小川小平次が「なぜ侍の身分の者に縄を付けられているのですか。山賊や海賊ではないのです」と言うと、吾郎は微笑んだ。「ありがとうございます。同じ一族への優しいお心遣いと存じますが、人が聞いたら仲間だと思われかねません。そなたが進言なさっても、この縄が解かれることはありますまい。黙っていることが肝要です。なあに、少しも苦しいことはありません。父のためにつけられた縄ならば孝養、報恩の縄と言えましょう」
中庭に引き入れられたところでも新開荒次郎が「お願い申し上げます。せめて縄を解いていただけませんか」と訴えた。「荒次郎殿、そなたとこの五郎が縁者であることは、周知のこと。そんなことを言えばそなたに迷惑がかかるかもしれない。何もおっしゃるな。この縄は名誉ある縄でございます。賊を捉える縄とは意味合いが違います。七歳の秋からずっと狙い続けた仇、工藤祐経をついに討って、結果つけられた縄であれば、まったく恥ずかしいとは思っておりません」
荒次郎は納得し、頼朝に取り継ごうとした。
「お取り継ぎはご無用です。直接、頼朝様とお話をさせて下さい」下座に居た狩野介はすぐに下がったが、荒次郎はなおも心配げに動けないでいた。
「おおい、そこをどけい。頼朝様に物を申そおとしておるに、お主がそこにいては荒次郎殿に話しているようではないか」
荒次郎は慌てて横へ下がった。五郎は「これで気兼ねがない」と高笑いして、少しの見苦しさも見せず控えた。
「このことは長年考えていたことか。今、急に思いついたことか」と頼朝が尋ねた。
「馬鹿げた質問をなさいます。十郎が七歳、私が五歳の時から今日まで、常に考えていたことでございます。先年、頼朝様が御上洛なさった時も、身を隠しお供をし、夜は宿の隙を、昼は機会を狙いました。京の街中にお入りになっても、少しの隙もありませんでした。そこで四辻町にて切れ味の良い太刀を買い求め、ずっと身から離さず持っておりました。仇討ちのことだけを思い続け」京に上がったことは真ではなかった。箱根の別当様から頂いた刀の出所が露見しないように、京で買ったとついた嘘である。「その甲斐あって、昨夜本懐を遂げることができました。互いに目を見合わせ、言葉を交わし、打ち合いたかったものを、手向かい一つせず討たれたことは誠に残念でございました。ただし、本願叶いました上は一寸の首を千に切られましても、全く恨みはございません」
「祐経が、伊豆より鎌倉へ通うことは、月に四度、五度、十度もあっただろうが、何故今まで討つことがなかったのか」
「はい。おっしゃる通りです。この五、六年の間、足柄、箱根。酒匂、国府津、大磯、小磯、平塚、由比、小坪の辺りで、昼夜の区別なく狙い続けておりました。祐経を見かけることは多くありました。しかしながら、祐経の周りには常に五十騎から百騎の共に囲まれ、こちらは多くて二人、気持ちは猛々しく燃えておりましても、手出しはできませんでした。中途半端に仕損じては、却って仇討ちが難しくなるかと。
信濃の浅間山の麓、長倉、三原、離山、上野の伊香保、赤城、下野の那須に至るまで、狩りの際もあちらこちら付け回しました。それでも、つけ入る隙はなく。かくなる上は、今宵打ち損じますれば、その場で自害し、悪霊となり祐経を呪い殺す覚悟で居りました」
「お前は、このことを、誰かに話したか。味方はだれだ。正直に申せ」
「我々ほどの貧乏なものに誰が味方してくれるのでしょう。父違いの兄、小次郎には申しましたが、頼朝様を恐れ、相手にされませんでした。また、従弟の三浦与一に申しました折には、頻りに制しましたので、「冗談だ。」と言ってその場を収めました。
このように、親しい者たちでさえ、頼朝様の御威光の前では、手を貸してくれようというものはおりませんでした。そのようなことを申せば、手を出して縛られ、首を出してこれを切れと、言っているも同然」
「母には知らせたか」
「これほど、平穏でなかった昔でも、謀反をおこして仇討ちに出る息子を許す母親がおりましたでしょうか。山野の獣、川の魚でさえ、子を思う母の愛は深いものです。母に別れは告げとうございました。二十年物間育ててくれたお礼も言えず旅立つことは、心苦しくありました」
今まで声高々に話していた五郎の言葉が、母のことを話す時には、かすれ、時々嗚咽交じりになった姿は哀れであった。
そこへ新田四郎忠経が、十郎が最後に着ていた群れ千鳥の直垂と赤銅作りの太刀を持ってきた。
「あれは、十郎の衣装に相違ないか」
五郎はしばらく何も言えなかった。少しして、かすかな声で「はい」とだけ答えた。
祐経は討たれても仕方ない仇であるゆえ、あれこれ言うには及ぶまい。
して何故、この頼朝の元へ来ようとしたのだ。そもそも、このわしに恨みがあったのではないか」
「勿論、恨みはございます。祖父の伊藤入道は頼朝様のお怒りをこうむり誅殺されました。そのうえ仇の祐経を大名として取り立て、伊東の領地をすべて祐経の物になさいました。
また、兄、十郎の最後の言葉に、『御前近くに上って、見参するべし」と、ありましたので、それならば、おそば近くへ上り、その名を汚さんと参上しようと考えました。そこで、運が尽きましたのか、甲斐なく召し取られた次第です』
「皆の者聞いたか。彼こそ男の中の男だ。わしのことを本来申すほど恨んではおらんだろう。ただ、この状況でおもねるようなことを言うと、命乞いしているようで見苦しいゆえ、このように言うのであろう。どんな立派な侍でも、敵に捕らえられては、こびへつらうものであるものを。この者の潔さ、手本とするべきぞ」
「ははー。」皆がもっともだと感心した。
祐経の嫡子、九歳の犬房が五郎の目に止まった。
「犬房よ、この五郎を打つがよい。父を殺され、悔しかろう。憎かろう」
犬房は進み出て、手に持っていた扇で五郎を打った。
「俺も同じだった。おぬしの気持ちはよくわかる。そんな扇で打ってもいたくも痒くもない。そこに落ちている松の枝で思いっきり打つがよい」
犬房は枝を拾い、力の限り打ち続け、五郎の額は割れ、血が流れた。
「犬房、下がれ」頼朝に言われ、犬房は泣きながら下がった。
頼朝は、この曽我五郎を許し、召し抱えたいと考えた。(臆病な者千人より、このもの一人を近くにおきたい。しかし、謀反にも思えるこのことを簡単に許してしまってよいのか。五郎の申すことは道理がある。所業にも同じくもっともなわけがある。五郎を許し、召し抱えたいが、仇を討つものは気に入られると、前例になってしまい、狼藉がたえなくなるであろう。ようやく静かになって来た世の中を乱すことになってしまいかねない。いかにしたものか)
そこへ岡崎、和田、北条といった家臣が五郎の助命嘆願を申し出た。頼朝は内心安堵し、
「鎌倉まで曽我五郎を引き立ててゆき、その後、処分を決めることにする」と述べた。
「頼朝様、今回の仇討ち、元は祖父、祐親の心無い所業により起きた一族の争いでございます。それを承知で仇討ちを致しましたのは、武士たる者、親を殺され、仇を討つのが当然であるからです。今ここで、私を許してしまっては、この犬房が仇持ちになってしまいます。仇持ちは辛うございます。犬房にそんな宿命を負わせてはなりません。五郎は許さず、処刑なさるべき。呪われた伊東一族の争いを終わりにされよ」
「そこまでの覚悟でおるのか。ますます天晴であるが、ならば致し方ない。お前のことを死罪にするが、恨むなよ」
「当然です。死罪になったとて、恨むということは全くございません。却って、兄と同じ時に同じ場所でと約束しておりましたものを、私だけ少しの間、永らえてしまったことこそお恨み申します」
「母上には気の毒だが、慈悲をかけるので心配いらぬ」
「母のことも、思いを断ち切って曽我を出立しておりますゆえ、ご案じなさいますな。ただ、母は今回のこと、全く関与しておりませんこと。よろしくお願いいたします。さあ、早くこの首をお切りなさい」
そうして五郎は、鷹が岡で処刑されることになった。
五郎の身柄は犬房に渡され、その郎党 平四郎に首を切る命が下った。しかし、平四郎は六歳まで一緒に育った中なので「私にはできません」と断った。そこへ筑紫野中太という御家人が名乗り出た。この忠太、国本で領地を巡りいざこざを起こしていた。元々横車を押しての訴えで、だいぶ分が悪かったが、祐経も同じ穴の貉。色々の付け届けなどをして、いよいよお墨付きをいただけるとのことで伊豆へ向かうところであった。その道中、今回の騒ぎを聞き慌てて飛んできたのである。肝心の祐経が殺されては、今までの画策が水の泡である。憤懣やるかたなく処刑の役目を買って出たのである。
五郎はその時辞世の句を読んだ。
故郷に母あり、仲夏の涙、冥途に友なし、中有の魂
富士の嶺の梢も淋し故郷の柞の紅葉いかが嘆かん
(故郷に残した母を思って、真夏に汗ではなく涙を流している。あの世には友はいず、一人さまよう我がたましい。)
(富士山に生える木の梢の枯れ落ちる葉のような子供の私も淋しいが、故郷では柞(ぶな)の木も紅葉しているだろうに、母上はどれほど嘆くことであろう。)
五郎が句を読んでいる間に、忠太は悪巧みをしていた。いよいよ処刑という時、五郎をよく知る者たちは、五郎の真面目だが人懐こいおおらかな人柄と、そのおおらかさとは裏腹な悲しい運命(さだめ)に涙を流し、念仏を唱え始めた。五郎をよく知らない者たちも、昨日からの頼朝とのやり取りに感銘し、同じように念仏を唱え始め、五郎の成仏を願う念仏は大合唱になった。
「えいっ」という忠太の掛け声で首がスパッと落ちると、皆固唾を飲んだ。が、首は落ちなかった。なんと、この忠太、五郎が句を読んでいる間に、斬首するために渡された刀の刃を石に打ち付けボロボロにしておいたのだ。まるで切れないノコギリで引かれるように五郎の首は何度も何度も斬りつけられた。あまりの痛さにさすがの五郎も苦痛に顔を歪め、カッと目を見開き忠太を睨みつけた。睨まれ怯みながらも忠太はほくそ笑み 次の太刀を入れようとしたそこへ、一人の影が躍り出た。亀若である。一部始終を見ることは大変辛く目をつぶって逃げて帰りたかった。でも、自分でお膳立てをした事の顛末を見届ける責任があると思い、物陰に隠れ息を潜めて全てを見ていた。今ここで飛び出しては曲者として一刀両断されるかもしれない、または手引きをしたものとして処刑されるかもしれない。でも五郎の苦しそうな姿を黙って見ているわけにはいかなかった。突然現れた一人の女に皆、注目した。女は抱きしめた短刀の赤木の鞘をさっと捨てると、五郎の胸に突き刺した。背中からその細腕が、飛び出すのではないかと思われるほど、深く深く突き刺した。
「五郎様、お慕い申しておりました」最後の言葉が五郎に届いたかはわからない。それでも今まで苦痛にゆがんでいた顔には、優しい笑みが浮かんでいた。刀から手を離し、血だらけの手を拭いもせずふらふらと歩いて行く亀若を誰も止める者はいなかった。
参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語
