遠くへ行きたい。――館山ひとり旅
朝四時
定年してから、朝、急いで起きる理由がなくなった。
月曜日が怖くなくなった代わりに、朝、起きる意味も少し分からなくなった。
現役の頃、私は毎朝、時計と競争していた。
遅れないように。
迷惑をかけないように。
今日を無事に終えるために。
気づけば、それを四十一年半続けていた。
長かったのか、短かったのか、もうよく分からない。
ただ一つ言えるのは、その間、私はずっと「自分は後でいい」と思って生きてきたということだった。
仕事があった。
責任があった。
守りたい日常があった。
だから、自分の楽しみはいつも後回しだった。
「いつか落ち着いたら旅をしよう」
そう思っていた。
けれど人生は、落ち着いてから始めるには、少し短い。
確かに、自由な時間はできた。
若い頃、あれほど欲しかったはずの時間だった。
誰かのために生きる時間は、思っていたより長かった。
なのに、いざ自由になってみると、私は戸惑った。
何をして朝を迎えればいいのか分からなかった。
自分が何を好きだったのか。
本当はどんな景色を見たかったのか。
うまく思い出せなかった。
時間だけはあるのに、心だけが取り残されている気がした。
このまま何もしなければ、私はきっと、
「自分の人生を生きなかった人間」として終わる。
そんな焦りが、静かに胸の奥にあった。
情けない話だ。
六十五年も生きてきたのに、自分の人生の歩き方を忘れていた。
その日、私は朝四時に目を覚ました。
館山へ行く。
ただそれだけなのに、胸が妙に落ち着かなかった。
認めたくはないが、じいさんにもなって、遠足の日の子どもみたいだと思った。
少し可笑しくて、少し嬉しかった。
⸻
見えていたのに、見ていなかった
朝七時九分、熊谷駅発の湘南新宿ライン。
車窓を流れる景色を眺めながら、私は不思議な気持ちになっていた。
会社へ向かうためではなく、自分のために電車へ乗る。
それだけのことが、こんなにも自由だったのかと思った。
新宿駅に着き、私は初めてバスタ新宿へ向かった。
通勤時代、何千回も横を通っていた場所だった。
それなのに、一度も足を踏み入れたことがなかった。
毎日見えていたのに、見ていなかった。
私は景色だけではなく、自分の人生まで通り過ぎていたのかもしれない。
バスを待つ間、私は自販機で缶コーヒーを買った。
温かい缶を握った瞬間、不思議な気持ちになった。
会社員だった頃、私は毎朝、同じ自販機の前を通っていた。
でも、一度も空を見上げたことがなかった。
今日を乗り切ることだけで精一杯だった。
空の色も、季節の匂いも、自分の心の声さえも、いつの間にか遠くなっていた。
館山行きの高速バスへ乗り込む。
外国人観光客。
若いカップル。
眠そうな学生。
みんな、それぞれの場所へ向かっている。
昔の私は、こういう景色を「自分には関係ない世界」だと思っていた。
仕事をして、家に帰って、また朝が来る。
人生とは、そういうものだと思っていた。
でも本当は違ったのかもしれない。
私は少しだけ、昔の自分を置いていくような気持ちになっていた。
⸻
海の匂い
館山に着いて、まず向かったのは安房神社だった。
森の空気は静かで、少し冷たかった。
ホトトギス。
ヒヨドリ。
メジロ。
シジュウカラ。
鳥の声が、木漏れ日の中へ溶けていく。
湿った土の匂いと、夏の葉の青い香りが混ざっていた。
私は深く息を吸った。
その瞬間、不意に、子どもの頃の記憶がよみがえった。
夏の日。
父に肩車されて見上げた、あの木漏れ日だった。
蝉の声。
汗ばんだ父のシャツの匂い。
眩しく揺れていた緑の光。
あの頃の私は、世界はもっと広くて、人生はもっと自由なものだと思っていた。
いつからだろう。
私は「生きること」を、「急ぐこと」だと思うようになっていた。
若い頃の私は、自分のことだけを考えて生きる日が、本当に来るとは思っていなかった。
守るものがあり、責任があり、毎日を回すことで精一杯だった。
だから、自分の夢も、休みたい気持ちも、「いつか」に預けたまま生きてきた。
でも、その“いつか”は、自分から迎えに行かなければ、永遠に来ないのだ。
参拝を終えた帰り道だった。
ふと、森の奥へ続く細い入り口が目に入った。
野鳥保護区の山へ続く道らしい。
木々が生い茂り、その先はよく見えない。
だが、その入り口から涼しい風が流れてきた。
まるで、
「こっちへおいで」
と呼ばれているようだった。
私は足を止めた。
「この先、何があるんだろう」
そんなことを思ったのは、いつ以来だっただろう。
好奇心に背中を押されるように、一歩踏み込んだ。
道は思った以上に急だった。
息が上がる。
額から汗が流れる。
途中で何度も立ち止まった。
若い頃なら駆け上がれたかもしれない。
それでも不思議と引き返そうとは思わなかった。
鳥の声だけが森に響いていた。
木漏れ日が揺れていた。
そして――
突然、木々が途切れた。
目の前が一気に明るくなる。
小さな高台だった。
その瞬間だった。
青い海が現れた。
安房白浜だった。
真っ白な砂浜。
陽光を受けて輝く海。
白波が何度も砂浜へ寄せては返している。
遠くには運搬船がゆっくり進んでいた。
潮の香りを含んだ風が、頬を吹き抜ける。
私は思わず立ち尽くした。
あまりにも突然だった。
まるで森が最後に見せてくれた、ご褒美の景色のようだった。
海は青かった。
ただ、青かった。
私はしばらく動けなかった。
「ああ、来てよかった」
その瞬間、胸の奥で固まっていた何かが、少しだけほどけた気がした。
昼に入った小さな食堂で、海鮮丼を食べた。
驚くほど美味しかった。
豪華だからではない。
ちゃんと、この土地で生きている味がした。
⸻
自分の人生みたいだった
店の大将に野島崎灯台への行き方を聞くと、
「そのバス停、もう無いよ」
と言われた。
私は思わず笑ってしまった。
ああ、自分の人生みたいだと思った。
間違えないように。
人に迷惑をかけないように。
ちゃんと生きようとしてきた。
そんなふうに、私はずっと「正しい道」を選んできたつもりだった。
けれど人生は、ときどき、こちらの予定を静かに裏切る。
何度もスマホで調べていたバス停は、もう無くなっていた。
思い通りにいかない。
でも――
今思えば、予定通りじゃなかったからこそ、私はあの日、あの人の親切に出会えたのかもしれない。
炎天下を歩きながら、私はウグイスの声を聞いていた。
潮風が混じる林の中を、熱を含んだ風が抜けていく。
海の近くで、こんなに鳥が鳴くなんて知らなかった。
ホテルで道を尋ねると、フロントの男性が地図を印刷してくれた。
「新しいバス停、ここですよ」
その親切が、妙に胸に沁みた。
昔の私は、人に助けられることが苦手だった。
迷惑をかけないように生きることばかり考えていた。
でも本当は、人は誰かの小さな優しさで、何度も救われながら生きている。
私も、たぶんそうだった。
⸻
帰りの窓
野島崎灯台に着く頃には、陽が傾き始めていた。
海風が強かった。
潮の香りが、髪と服にまとわりつく。
波が岩へぶつかる音だけが、繰り返し響いていた。
房総半島の最南端。
遠くの海には、黒い運搬船がゆっくり進んでいた。
白いベンチが、夕陽を浴びながら岩場の先にぽつんと置かれていた。
若いカップルが並んで座っていた。
少し離れた場所では、年配の夫婦が海を見ていた。
灯台の上には、一人、白いワンピースの若い女性が立っていた。
長い時間、遠くを見つめていた。
失恋かもしれない。
人生の区切りかもしれない。
誰にも言えない悲しみかもしれない。
人は海を見る時、自分の人生を見ている。
そんな気がした。
帰りのバスの窓の向こうで、海ほたるが夕焼けに浮かんでいた。
オレンジ色に染まった海の上を、車のライトが静かに流れていく。
今日一日の景色が、胸の奥でゆっくりほどけていくようだった。
朝四時に目覚めた私は、何かを始めたかったのだ。
会社でもない。
役職でもない。
誰かの期待でもない。
ただ、自分の人生を、もう一度、自分の足で歩いてみたかった。
遠くへ行きたかったのではない。
生きることに必死で、置き去りにしてきた自分に、やっと会いに行けたのだ。
帰りの窓に映る私は、少しだけ、若い頃より自由な顔をしていた。
それだけで、十分だった。

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