十五の私へ、言葉の代わりに音を贈る
役員会議という
「雑音」の渦を抜け出し、
私はイヤホンで世界を閉じた。
流れてきた音に
背中を押されるように向かったのは、
街角に置かれた一台のピアノだった。
私は、
目立つことが得意な人間ではない。
けれどその時は、
「誰も私を知らない」ということが、
何よりの自由だった。
ピアノの前に座ると、
ふと幼い頃の記憶が蘇る。
母の理想が詰まったピアノだった。
そこに、私の意志はなかった。
姉たちは拒否権を貫き通した結果
最後に残されたのが私だった。
幼い私に、当然、
拒否権などなかった。
当時は苦痛でしかなかったあの椅子が、
数十年を経て、
自分を救う場所になるなんて
思いもしなかった。
『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』を奏でながら、
15歳の自分にかける言葉を探してみる。
けれど、
どうしても言葉が見つからなかった。
「頑張れ」なんて無責任に言いたくない。
「大丈夫」と笑い飛ばすには、
あの日々はあまりに孤独だった。
その先に何があるのか、
私はもう知っているから。
だから私は、
言葉を贈るのをやめた。
代わりに、
指先に今の私のすべてを込めて、
鍵盤を叩いた。
上手さも、
拍手も、
評価もいらない。
ただ、
指先が覚えている感覚だけを頼りに、
自分のためだけに音を紡ぐ。
誰かの正解を
「代筆」するために使い果たしたエネルギーが、
自分自身の音となって、
私の中へ還ってくる感覚。
一音奏でるたびに、
心の奥で凍りついていた何かが、
静かにゆっくりと溶けていく。
弾き終えたとき、
空っぽだった私の心のグラスに、
一滴、確かな水が溜まった気がした。
15歳の私に、言葉は贈れなかった。
けれど、
あの街角で響かせた一曲は、
確かに、
あの日ピアノの前でうつむいていた自分と、
今の私を繋いでくれた。
心のグラスを満たしていくのは、
誰かの正解じゃない。
こんなふうに、
自分を迎えに行くための、
不器用な「自分の音」なのかもしれない。
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