『論語』を現在化する
現代は、「人」の時代、そして、「人と人」の時代である、そう言ってよいのではないでしょうか。
私たちは、「人」としてどう生きるかを常に問われ、同時に、「人と人」の関係をどう活かし、どう発展させていくかを問われています。
実際、グローバルなビジネス・シーンでものを言うのは学歴や会社名ではなく、「人」そのものです。かつて私はフランクフルト・アンビエンテに参加することがあって、その時に、まさに今は「人」の時代だと実感したのでした。
グローバルな市場においては、約束を守り、契約を忠実に履行することで得られる「信用」こそがビジネスの条件となります。「信用」を築き上げた人にこそ人や企業が寄ってくるのです。
ところで、東洋哲学において「人」はいかに生きるべきなのか、「人と人」の関わり・繋がりはどうあるべきか、について主題的探究をおこなったのは孔子でした。
孔子の言行録である『論語』には、こうすれば人に勝つとか、こうすれば得をするとか、そういうことは一切書いてありません。
『論語』は人と人のあいだの理想的関係を「仁」と呼び、社会的活動の原理は「利」ではなく「義」でなければならないという孔子の思想を伝えています。
『論語』という書物は、心が大らかで、正しく、安らかであることが大事だとか、人に信じられることが大事だとか、そういったことは沢山書いてありますが、利を得るための戦術的な小知恵に対しては否定的なのです。
ところで、今の世の中は、マニュアル重視になってきておりまして、「利」を得るための処方箋や正解に人気が集まる傾向があります。
ひょっとすると暗記重視の勉強のしすぎで、何にでも「正解」というものがあると思い込んでしまいがちなのかもしれません。
だから、たとえばインターネットができると、それを導入すれば何とかなると思ってしまう。生成AIが公開されるとまたそれに飛びつく、ネットやChatGPTを導入しても何とかならないと、今度は、インターネットや生成AIなんてものは役に立たないと決めつける……。
実際には、世の中に唯一の「正解」などというものはありませんし、現実というものが人間の思った通りには運ばないということは、ごく当たり前のことにしか過ぎません。思ったとおりになる方がまれです。
知識を覚えれば成功するなんていうのは、現実世界では通用しない理屈です。知識があっても、考える力と行動力がなければ絵に描いた餅です。これは、孔子自身もっとも警戒したところです(「子路第十三」の五に暗誦だけの学問への痛烈な批判があります)。
要するに、自分で考えたことをどれだけ言葉にして周囲の人に理解しもらい、多くの人の力を合わせることができればそれが結果的に「正解」になるというだけのことです。ところが、この「考え」や「実践」を嫌がる風潮が広まってしまった。これは大変憂(うれ)うべき状況です。わざわざ孔子を引っ張り出さなくても、これが世の中の衰退につながる流れであることは明らかです。いつの間にやら、ものを教わりたがる人が多くなってしまって、どうも自分で工夫して考えたり、その内容を汗水たらして実践しようとすることが疎かになってしまったのではないでしょうか。
