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不登校子育てのリアル

不登校の親の苦しさ


子供が昼間家にいる。
子供が学校に行っていない。

というだけで
なんでこんなにも
胸が引き裂かれるような
気持ちになるんだろう。

それは、むろん
子供が学校に行けていない自分に対して
苦しんでいる姿を見たくない
からでもあり、

学校に行かないまま大人になったら
ウチの子は一体どうなってしまうんだろう。

という親の強烈な不安でもありました。

その私の”不安”が
不登校の子供への
適切な対応」を
阻み問題をどんどん
複雑にしてしまいました。



3ヶ月で登校できるようになりますよ


娘が不登校になったのは
中学校一年生の時です。

学校から一本の電話がかかってきました。
「お子さんを迎えにきてください」
そして次の日もまた、
電話がかかってきました。
そして次の日も。

色んな医者を転々とし
どこか身体に大きな病気が 
あるのかもしれないと
色々調べました。
でも、これといった大きな病気はありません。

娘は
もう学校には行きたくない。
と言いました。

それでも、当時のわたしは
娘の言葉を受け入れることが
できませんでした。

それは
わたし自身が
娘の将来を考えると
娘が学校にどうしても
行かせたいという気持ちを
なかなか手放せなかったこと、
娘が学校に行かない未来が
全く想像できなかったからです。

そして、
とにかく
学校に行かせるにはどうしたらいいのか?
とひたすらネットサーフィンをしていた時に
ふと目に止まってしまったのが
この言葉でした。
「3ヶ月で登校できるようになる」

💬3ヶ月で登校できるようにはなったけれど…


わたしは、
娘を学校に行かせたいばかりに
高額なコンサル料を支払い
そのコンサルを受けました。

そのコンサルの内容は

①子供に
スマホもゲームもマンガも
見せてはいけない。

②家族の時間を大切にする。
食事をみんなで食べる。
テレビの代わりにボードゲームをする。

③子供を褒める

④規則正しい生活をさせる。

というものでした。
3ヶ月後、
娘は学校に登校できるようになりました。
でも、3日目にはまた
登校できなくなってしまいました。

その後も諦めきれず…

3ヶ月コンサル終了後も
諦めきれなかったわたしは、
毎朝なんとか学校に行かせようと
あの手、この手を使って
娘の心を盛り上げようとしました。

毎朝、学校の正門まで
車で行き
行く、行かないの押し問答をする
生活が続きました。

しばらくすると
もう娘は、身体が拒絶し正門までも
行くことができなくなってしまいました。

💬どうすればいいのかわからない…


一体どうしたら、
うちの子は元気になるの?

どうしたら良いか
全く見当もつかず
またしても、あれこれと
情報収集をする日々が続きました。
コンサルにお願いして
失敗した経験があるにも関わらず
やはり、
誰か専門家に頼らざるを得ませんでした。

それはなぜかというと
目の前の娘に
どう接したら回復につながるのか
見当もつかなかったからです。

もちろんスクールカウンセラーにも
相談しましたし
有料のカウンセリングルームにも
娘と一緒に通いました。
でも、
わたし自身がどうしたら良いのか
どう娘と接していくことが
娘の心の回復につながるのかが
よくわかりませんでした。

💬マズローの欲求階層説


そのような中

ある本屋さんで吸い寄せられるように
教育本コーナーに向かった時に
一冊の本に出会いました。

その本には
不登校の子供が
不登校から脱出するまでの
ステップと、
ステップごとの
親の対応が丁寧に記載してありました。

その本を読み進めると
不登校の子供は
マズローの欲求階層説に沿って
回復すると書かれていました。

【マズローの欲求階層説】
人の欲求は5段階のピラミッド構造になっていて、下から順に満たされていくという考え方

下から順に:
1. 生理的欲求
 生きるための欲求(食事・睡眠・呼吸など)
2. 安全の欲求
 安心して暮らしたい(安全・安定・健康・住居・お金)
3. 社会的欲求(所属と愛の欲求)
 人とつながりたい(家族・友人・仲間・居場所)
4. 承認欲求
 認められたい・価値があると感じたい(評価・自信)
5. 自己実現の欲求
 自分らしく生きたい・可能性を発揮したい


社会的欲求🟰学校に行ってみよう
を満たすためには
生理的欲求→安全の欲求→社会的欲求
の順に満たされていくと

自然と
子供に社会的欲求が出てきます。

というものでした。

考えてみれば
わたしは娘が
行けなくて苦しんでいる学校に
なんとか連れて行こうとすることに
必死で、
娘が家庭で安心できる環境を築くこと
なんて
全く考えていませんでした。
むしろ、家庭が居心地が良すぎたら
学校に行かなくなるのではないかと思い
スマホもゲームもテレビも
させないでいる方がいいと思っていました。

娘からしてみれば
家庭にいても生きた心地が
しなかったと思います。

わたしはこの本の著者が
行っている
グループコンサルを
受けてみることにしました。

娘を元気にしたい一心で。

💬心理的安全を満たすことの難しさ


家庭を安全の場にする。

というのは、
具体的にどう我が子に接したら良いのか?

このことを真に理解するのに
かなり時間を要してしまいました。


コンサルでは

学校に行っていてもいなくても
そんなことは関係なく
ただただ無条件に、娘を愛している。
ということが
娘に伝わることで
娘の心の安心は満たされる。
ということを
教えてくださいました。

その本当の意味が理解できるまでには
とても時間がかかりました。


試行錯誤する中で
またしても
我が子に対して
誤った対応をしてしまいました。
と言いますのも
最初に受けた
「3ヶ月で登校できるコンサル」
でひどく娘を傷つけてしまった!
と大反省をした私は、
今度は
「こんなに傷ついた娘に
してしまったのは私のせいだ。」
「これからはどんなことがあっても
娘の味方になろう。」
と、娘を憐む態度で接してしまったのです。

この結果
娘に対して
「ただただ無条件に愛している」
というメッセージの代わりに
「私のせいで学校に行けなくなって
家庭でも酷い目に合わせて
とても繊細で敏感な可哀想な娘なのに…
私はずっとあなたの味方をするよ。」
誤ったメッセージを送ってしまいました。

これは、
後に心理学を学び気がついたことですが、
繊細で敏感で可哀想な娘でいれば
あなたは愛される。
というとんでもない条件付きの愛の
メッセージを送り続けていたのと
同じことでした。

そうすると、
何が起こったかというと、

ゲームの時間
携帯電話の時間
テレビの時間
ご飯を食べる時間
をはじめ、
娘の主張に対して
何も反論できず
いつも腫れ物に触るように
接してしまう親になってしまいました。

娘は、
どんどん繊細になっていきました。
先端恐怖症になったり
音に過度に敏感になったり、
日常生活に支障が出るほどでした。

そうなればなるほど
私は娘を庇い擁護し
娘をさらに
腫れ物扱いしました。

そしてこのことで
戸惑ったのは
長男。
下の息子です。
下の息子は娘の不登校以降、
急にゲームもテレビも見ちゃダメと
言われたかと思うと
今度は急に
姉ちゃんは繊細な子だから
あなたが我慢しなさいと言われ
誰も姉ちゃんの言い分にNoと言えない
家庭になってしまったのですから
ひとたまりもありません。

息子は幼い頃から
面倒見のいい姉である娘に
くっついて行動していたこともあり、
今まで以上に姉の顔色を見ながら
生活する子になりました。
そんな息子に対して
娘はだんだんと
親代わりのように
そしてかつて親からされたように
事細かに行動を制限したり
しました。
それでも、当初は
姉に理不尽なことを言われたら、
親に相談してくれていました。
でも、親が腫れ物に触るように
姉に何も言えない姿を見て
息子も
「この家では姉が言うことが1番なんだな」
と察し、
何も言わなくなりました。

まさに絵に描いたような
機能不全家族です。

そんな状況で
息子も家庭が安心の場に
なり得るはずがありません。
息子も小学校高学年から
だんだんと
行き渋るようになり
中学生から
完全に不登校になりました。

💬わたしの休職と現実逃避


ちょうどこの頃から
わたし自身、仕事との両立が難しくなり
休職してしまいました。

こうやって記事にしてみると、
わたしにとっても
(自らまいた種ではありますが💦)
家庭で安全の欲求が
満たされない状況で
社会生活を送ることに
限界を感じていたのかもしれません。

休職してしばらくは
ほんとうに
生き地獄のような気持ちでいました。
(自らまいた種なので、子供達のことを思うと本当に自分勝手な言い分なんですが💦)

家にいても落ち着かない。
でも仕事にも行けない。
というか
起き上がることもできない。
それでも毎日夜が来て朝が来る。
ほんとうに苦しい朝

朝7時。
朝7時なのに真っ暗な家の中。

小学生と中学生と
共働き夫婦の家で
朝7時に真っ暗なんて
あり得ない。


わたしの配偶者は
そんな真っ暗な家で
毎朝ひとりドアを開け
仕事に向かっていました。

毎朝どんな気持ちで通っていたんだろう…
と思うと、
ほんとうに胸が痛みました。
わたしの罪悪感レベルは
どんどんレベルアップし
最高レベルに達していくと同時に

もう消えてなくなりたい気持ちと、
自分が自分でコントロールできない
苛立ちとで

私の心は、ますます感情的かつ感傷的に
なってしまいました。

今思い返しても
当時、夫も子供達も
ほんとうに苦しかったし辛かったと思う。
でも家族が抱える苦しさを
私は真正面から向き合うことが
もはやできなくなっていました。
私は家族の苦しさを
罪悪感や自分への憐みに変えて、
自分がこの世にいるからいけないんだ
自分なんか消えてしまった方がいい。
と思うようになっていました。
今の私から見ると
家族の苦しさを棚に上げて
自分が逃げ出したいなんて
本当に自分勝手だったなあ
と思います。

私が消えても何も解決しない。

私がもしこのまま死んだら
私の子供達は、
自分達のせいでお母さんは
命を落としたと思い、
私と同じように
罪悪感にまみれて生きることを強いられた
かもしれない。

夫も、
自ら命を絶った配偶者を持つ夫として
まだまだ年頃の子供達、
しかも
不登校という課題と向き合う子供達を
育てていかなければならない。

それは
あまりにも私自身が身勝手である。

なら、
どうする?

今、逃げ出したい。辛い。

でも逃げるわけにはいかない。

でもどうしたらいいかわからない。

このような状況が
どのくらい続いたでしょうか。

おそらく1年は続いたかと思います。

ただ当時の私がなんとか
踏みとどまって生きて
家族と共に生きられたのは
リワークを挫折した後出会った
公認心理士さんから、
親子関係を改善するための
たくさんのアドバイスを
いただけたからです。


💬夫との衝突💥



その一方で、
新しい問題が生じたのもこの頃です。

それは、
との子育ての考え方の不一致。

わたしの夫は当時
不登校対応について
外部からの支援で
かえって状況が悪くなったと感じ
不信感でいっぱいになっていました。

そんな中、
わたしはというと、
いまだにこりもせず、
公認心理士の方から
親子関係について
アドバイスを受けていました。
それは、
自分の行動が
なかなか親子関係の関係につながらず
どうしたらいいかわからなくなっていたこと、
子供達がちょうど思春期で
今関わり方を変えないと
子供達が大人になった時に
生きづらさを抱え続けることになる
ということだけは
確信していた
からです。

公認心理士のセラピストさんは
色んなアドバイスをわたしにくださいました。
でも、
そのことが、
今度は夫との口論につながりました。
夫が考える子育ての考えと
異なる意見をわたしが話すと
全く耳を貸してくれなくなりました。

そうすると、
今度は家族関係がさらに
ややこしくなりました。

わたしが我が子に良かれと思って
公認心理士さんからのアドバイスを
実践しようとすると
夫に途中で遮られる。
だから、夫がいない時を見計らって
子供に実践していました。
そうすると、子供からは
そのことを見透かされてしまいます。
パパがいない時に言うんだね。
わたしができないのは
パパのせいだよ。
と我が子に言われてしまい、
私はその言葉にうまく
返事ができず
状況がなかなか改善しない
という状態がしばらく続きました。

また、夫との関係性は
どんどん悪くなる一方でした。

そうすると、
今度は
下の息子が姉だけでなく
私たち夫婦関係にも
気をつかう事に…

家庭を安心どころか
どんどんピリピリした場になってる
😨

ああ、一体どうしたら、
家庭を安心の場にできるんだろう…
そのことばかり考えていました。


💬今の師匠に出会う


わたしは、

今の状況を打開するのに
どう手をつけたら良いのか
もう全く見当がつかなくなっていました。

このままではいけない
それはわかる。
でもどうしたらいいのかわからない。

どうしたら
このこじれにこじれた
家族関係を修復できるの

と悩んでいた矢先に
出会ったのが
現在の
わたしが今学んでいる心理療法の
師匠でした。


…あれから1年半。
師匠のアドバイスだけでなく
心理学の理論や
数々のワーク、
潜在意識レベルの心理療法を通じ
徐々に自分が家族に対してどう立ち振る舞い
どう行動したら良いか
わかるようになりました。

そして、
1日1日の積み重ねによって
今までのことが嘘のように
家族関係が改善しました。

娘と息子は対等に仲睦まじく話をする仲に
なりました。

私も夫もお互いを尊重し合いながら助け合える関係になりました。

そして子供に対しては
心から愛していることを
表現しながらも
大人になる我が子に
きちんと伝えておくべきと
感じたことは
率直に話しができる関係を
築くことができました。


それだけではありません。
子供達が、外の世界へ
自分から目を向けることができるように
なりました。

娘は
通信制の学校に通いながら
バイトも途中で根を上げることなく
一年以上続けています。
一つのバイトでは飽きたらしく、
最近は掛け持ちしながら働き
家に帰ってテスト勉強や
資格取得の勉強をし、
精一杯推し活を楽しんだり、
稼いだお金で
自分で手配し、あちこち旅行に
行くほどまでに活発に
動けるようになりました。
3年前
家からほとんど出ることができなかった
なんて想像ができないほどです。

息子も
自ら通信教育を
はじめたいと言いはじめ
中1から順に学び直しを
はじめました。
そして最近は、
学校の面談や
修学旅行などの行事には
自分で出席すると決めて
実行に移せるまでになりました。

2人とも
数年前は、
「行く」と言っても行けない。
部屋から閉じこもって出てこない。
のが日常茶飯事でした。
本当に良い意味で
同一人物なのかな?
と思うくらい大きくプラスの方向に
変化しました。


💬わたしが専門家を頼ったのは間違っていたのか?


ところで、
今までの状況を読んだ読者の皆様は
これだけ専門家を頼り続けるなんて
まいこさん、依存的だったんじゃない?
まいこさん、主体性なさすぎじゃない?

って思った方もいらっしゃると思います。

確かに
わたしは自分がよくわからないことは
すぐに誰かを頼る部分はあると思います。
それは、否定しません。

でも、
逆に自分の価値観に固執して
学校に行けない我が子を
どうにか行かせようとする
そして学校に行けない我が子に
いつも焦燥感を抱き接している
母親であり続けていたとしたら
今のような家族関係を作ることは
難しかったし、
今頃もっと子供達に
根深い生きづらさを
与えてしまっていたと思うんです。


わたしは、やり方を知らなかった。
不登校の娘や息子に
どのように接すれば
自己肯定感を持ち
前を向いて歩いていこうと思えるように
なれるのか。
ありのままを認める。
見守る。って言っても
何をどう認め、見守ることが必要なのか。
まるで全然わからなかった


いっぱいいっぱい失敗したし
遠回りしたけど
失敗も含め
道に迷った時に
専門家を頼ったことは
決して間違っていなかったと思っています。

💬今もう逃げ出したいくらい辛い思いを抱えている不登校ママのみなさま


今もう辛くて
どうしようもない。

すぐにでも逃げ出して
心の平安を得たい。


と思っていらっしゃる
不登校のお子さんをお持ちの
お母様方にお伝えしたいことがあります。

今逃げ出したいくらいしんどい気持ち。
すごくよく分かります。
わたしは、
逃げてはいけない!
なんて言えない。
ほんのちょっと逃げ出して、
休む場所があった方が絶対いい。
でも、休むたびに
お子さんと向き合うことを
諦めないで欲しい。
逃げ出しても、
逃げ出せないものがあるから。

それは、あなたの心。
あなたの心の中にきっと
お子さんに対する愛情、
罪悪感や後悔、情けなさという心は
逃げ出しても追いかけてくる。
手放すことは簡単じゃない。
ずっと抱えながら生きるのは
しんどい。


逃げ出したいくらい
お子さんのことを本当は
愛しているんだと思う。
不登校は苦しいね。
親も子も本当に苦しい。

だけど、
諦めなければ
1日1日諦めずに
試行錯誤しながら積み重ねれば
きっと今では想像がつかないくらい
不登校という出来事がなかったら
手に入らなかったくらいの
世界で最高の親子関係だって築けるし
自立に向かう子供の姿に
感動する一瞬が来る。
それが実現した時に
ママの心は、その時に
初めて解放されるんだと思う。

だから、
大好きなご褒美をたっぷり
自分に与えたら目を閉じて
お子さんの心をギュッて抱きしめてあげて
ください。


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