賞与が出なかった日のこと
あてにしていたわけじゃない。——なんて、嘘だ。
「今年度の賞与は、支給を見送ることになりました」
そう聞かされたのは、なんでもない水曜日の午後だった。部屋の空気が一瞬止まって、それからみんな、そろって「うん、まあ、そうですよね」という顔をした。私もたぶん、同じ顔をしていたと思う。うなずきながら、手元のノートに意味のない線を引いていた。
説明はきちんとしていた。取引先のこと、来期に向けての話。ひとつひとつは理解できるし、責める相手もいない。だから私は「わかりました」とうなずいた。うなずいたというよりも俯いたに近いかもしれないが。
帰り道、いつも寄るコンビニで160円のコーヒーを買うのに、三秒くらい迷った。ああ私、けっこうショックを受けているんだな、と他人事みたいに思った。
家に帰って、いちおう確認した。ローンのボーナス払いはない。カードの分割も残っていない。つまり、明日から生活が立ち行かなくなるわけではない。数字の上では、なんの問題もない。
なんの問題もないのに、その夜はなかなか眠れなかった。
眠れないまま考えていて、ようやく少しわかった。私が失ったのはお金というより、「あるつもりでいた未来」だったのだと思う。
夏になったら、そろそろ限界そうな洗濯機を買い替えようと思っていた。遠くに行く旅費にしてもいいなと思っていた。半分くらいは貯金に回して、残りで何かひとつ、自分に許してあげようと思っていた。どれも決めていたわけじゃない。頭の中で、なんとなく並べていただけの予定だ。
その、なんとなく並べていたものが、一度に消えた。だから辛かったのだと思う。財布の重みが変化したわけではなくて、楽しみにしていた予定表の余白が、すっと消えたような感じだった。
もうひとつ、あとからじわじわ来たものがある。不安、と呼ぶにはまだ形のはっきりしないもの。ニュースで「賞与カット」という言葉を見たことは、これまでにも何度もあった。そのたびに、大変だなあ、と思っていた。思っていただけだった。それが今回、自分の番になった。ああ、こっちにも来るんだ、と思った瞬間の、足元がすこし薄くなるような感じ。
たぶん、これからは「もらえて当たり前」ではなくなっていくのだろう。頭ではわかる。わかるけれど、心はそんなに器用じゃない。
それで、これからどうしようか、と考えている。
大それたことは思いつかない。とりあえず私がやろうとしているのは、三つくらいだ。
1つ目は、暮らしの中の「ボーナス頼み」を書き出してみること。私の場合、支払いこそなかったけれど、「あとでまとめて買おう」と後回しにしていたものが、けっこうあった。それを毎月の中に、少しずつ散らしていく。
2つ目は、金額の小さな積立を始めること。月に三千円でもいい。減るのを眺めているより、増えるのを眺めているほうが、気持ちが前を向く気がしている。
3つ目は、すぐに転職するつもりはないけれど、求人サイトを見てみること。動くためというより、「自分には選択肢がある」と確かめるために。実際に眺めてみたら、いまの会社の悪くないところにも気づいたりして、それはそれで悪くなかった。
そして、たぶんいちばん効いたのは、友人に「ボーナス、出なかったんだよね」と言ってみたことだった。「うわ、それはへこむわ」と即答されて、なぜか笑ってしまった。へこんでいいんだ、と誰かに言ってもらえるだけで、こんなに楽になるものなのか。
がっかりしたときは、ちゃんとがっかりしたほうがいいと思う。「もらえるのが当たり前じゃないしね」と自分で自分を先回りしてなだめると、行き場のないものが胸の奥に残る。悔しかったね、楽しみにしてたもんね。まずは自分にそう言ってあげてから、明日のことを考えても遅くない。
「明日は明日の風が吹く」という言い回しが、昔から好きだ。今日の風はちょっと冷たかったけれど、明日も同じ風とは限らない。
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