見出し画像

一瞬の優越感を求める人は幸せなのか



悪意があったのかは分かりません。

でも、どうしてもその人が言った一言に、
納得ができない出来事がありました。

昔、理学療法士として病院で働いていた頃のことです。

足に痛みがある患者さんを、
車椅子からベッドへ移乗する場面がありました。

患者さんは足の痛みから、不安を感じていて、
なかなか立ちあがろうとはしませんでした。

患者さんを励ましながら、なんとか無事にベッドへ移ることができたときには、かなりの時間が経過していました。

「あぁ、よかった。」
そう思った、その瞬間でした。

その一部始終を見ていたはずの看護師さんが、

「その人、検査行くから車椅子に戻して。」

そう言ったのです。

私は、一瞬言葉を失いました。
もちろん、業務上、本当に必要な移動であることは分かります。

でも、あのタイミングでその一言を言われたことに、私はどうしても悪意を感じてしまったのです。

「いや、絶対見てたよね?
なんで移る前に言わないの?」

ニヤついて放った看護師さんの言葉に、
腹わたが煮えくりかえりそうでした。

その出来事から何年も経った今でも、ふと思い出すことがあります。
そして、ずっと考えていることがあります。

あえて、人を困らせるような言葉を言う人は、
その瞬間に何を得ているんだろう。

被害妄想と言われるかもしれません。
あの時の空気感は、文章で伝え切ることができません。
それでも私は、「わざと」あのタイミングで言われたと今でも思っています。


心理学には、「支配感」という考え方があります。
人は、自分が相手より優位に立てたと感じることで、一時的な安心感を得ることがあります。

相手が困る。相手が焦る。
その様子を見ることで、
「自分が主導権を握っている」
と感じられる。

もちろん、誰もがそうではありません。
でも、もし日頃から自分が評価されない、
自分では物事をコントロールできないと感じている人なら、
目の前の誰かに対してだけでも優位に立ちたいという気持ちが生まれることはあるそうです。

哲学にも少し似た考えがあります。
人は、自分の存在価値を「誰かより上であること」で確かめようとしてしまうことがあります。

だから、相手を困らせたり、見下したりすることで、自分の価値を感じようとしてしまう。

でも、その満足感は長く続きません。

また次の誰かを探さなければ、
自分を保てないからです。


もし、本当にあの看護師さんがそうだったのだとしたら。
その人が得ていたのは、
「患者さんのため」
でも、
「仕事が円滑になること」
でもなく、
一瞬だけ感じられる優位性や支配感だったのかもしれません。

でも私は、その出来事から逆に学んだことがあります。
人は、たった一言で誰かの心を軽くすることも、重くすることもできるということです。

もしあのとき、「大変だったね。」「ありがとう。」その一言だったら、
私はきっと今でも忘れていなかったと思います。

働いていると、余裕がない日は誰にでもあります。

私もあります。

だからこそ、自分が疲れているときほど、
相手の努力を見落とさない人でいたいと思うようになりました。

誰かを困らせることで得られる満足は、一瞬です。

でも、誰かを認めることで生まれる信頼は、ずっと残ります。

私は後者を選べる人でありたいと思っています。


同じような感性を持っている方と、積極的に繋がりたいです。
フォロー、スキ、よろしくお願いいたします。

いいなと思ったら応援しよう!