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パラコレ霧子を解きほぐす。『お日さま』の徹底解説

予言者です(傲り)

調子に乗りました。
ノクチル過激派おむすび恐竜です。

パラコレ霧子がついに実装されました。

イラスト、演出、
加えて予言したカード名の法則脱却が現実のものとなった事もあり、
パラコレ霧子は私にとって、他のどんなカードより愛おしい存在となりました。(褒めて)

そして何より大事な要素であるコミュ内容もまた、
完璧と言って差し支えないものでした。

当日のLINE画面

そんな、1カード、1プロデュースコミュを超えた愛を持ってしまったパラコレ霧子さん

ちょっと解説せずにはいられないなと(解説≠正解)
思っていたんですが…

コミュ内全ての要素の解説はあまりにも膨大な過去コミュの引用を必要とする上に、
書いてるうちに旬が過ぎてしまったので
もう全体の解説は辞めました!!

有識な先輩方がもっといい解説いっぱい出してるし…

なので今回は、
感想を見て回ったところ皆さんが解釈に困っていた、或いは私がかねてより疑問に思っていたこちらの内容群に絞ることにしました。  

目次が過去一キモいです。笑ってやってください。


『俺の知らない霧子』

まずはこちらからいきましょう。
そもそもなんだよこれ!
って人向けに一応補足を…(パラコレ霧子読んでてこれわからない人は多分いない気もしますが…)

今回の特訓称号ですね。
このシリーズは特にふざけたコミカルなチョイスが多く(『彼女代表』とか)、グレフェッサーたちを笑かして集中力を低下させ、グレードをダウンさせる事を主な目的に作られています。(言いがかり)

それはそれとして、この文言はどこから来たのかというと

【海へと還る街】手を振る君へ

トゥルーエンドコミュのこの場面からですね。
「俺の知らない霧子」とは言っていないので、やはり若干笑わせに来ている事は否めないでしょう。

実際はなかなかにプロデューサーの成長を感じることができるものとなっており、
霧子を理解しようと四苦八苦していた初期や、

【伝・伝・心・音】どなたですか

共に過ごす中で距離を縮め、同じことで笑い合えるようになった中期を経て、

【鱗・鱗・謹・賀】なかみ

理解したつもりが再び理解の及ばない世界へ浸かる霧子に力不足を感じたりしてきたプロデューサーが

【縷・縷・屡・来】ゆく

その後さらに一緒の時間を過ごし、
今の霧子に自分の知らない時間があるとしても、それも成長した深みだと思えるようになった
そこにいる霧子を見る事ができるようになった
事が読み取れる場面となっています。

そのためパラコレにおける『俺の知らない霧子』とは、ネガティブなフレーズではなく、
プロデューサーを介して見る、霧子のより一層深まった魅力を象徴するコピーと言えます。 
(特訓4回の方ですし)

一方で、同じようなセリフでかつ、
ネガティブな印象を受けるものが過去に存在します。

【天・天・白・布】帰りましょう

自分の知らない霧子を見て寂しくなってしまったプロデューサーがこちらになります。恋かな。 
そうだよ(八雲なみ)

これまでのプロデューサーは、
自分が霧子を「知らない」事に臆病でした。
それが、知らないことも魅力だと思えるようになった事は間違いなく今後も隣に立つ者として、
霧子の可能性を広げてくれる事でしょう。

さて、さてさてさて、
ここで今のカードを振り返ってみましょう。
【天・天・白・布】でしたね?

そう、こちらです。

このカードを見ればあのセリフが過ぎる事でしょう。

【天・天・白・布】おひさまと布

知らない人はいないであろう、お日さま構文です。

霧子を語る上で欠かせないワード、「お日さま」。
それは今回のパラコレ、【海へと還る街】においても扱われる事となるキーフレーズとなります。

【海へと還る街】雨粒と灯り

(ここで"気づいた"人は素晴らしいです)

では、そもそも「お日さま」とは何なのでしょうか。

『お日さま』

幽谷霧子のコミュ内では、「お日さま」という表現が多く用いられ、それは一般的な太陽の意と大差ないように読み取れます。

【夕・音・鳴・鳴】われたよ
【天・天・白・布】おひさま
【琴・禽・空・華】yu hi
【かぜかんむりのこどもたち】風よ風
【窓・送・巡・歌】てん、てん
【白・架・祝・幻】むすびめ

「さん付け」のような、霧子の個性を表したひとつの優しい表現。そんな見方をされてきた事でしょう。私もその1人でした。

しかし、どうやらもっと奥深い何かが潜んでいるかもしれない。
その可能性を示してきたアイドルがいました。

公式Twitter「シャニマスプロデューサー診断」

我らが主人公、櫻木真乃です。
ちなみに私は真乃Pです。

何気なく真乃をプロデュースしていた時、雷に打たれました

ピーちゃんが(とばっちり)。

【ほわっとスマイル】真乃ならできる
【ほわっとスマイル】いつかの気持ち

お日さm………
───────"『お日様』"?!?!?????

『お日さま』ではなく?????

ははっ、初期特有の表記揺れだろう。
霧子の1周目SSSR【綿毛ノ想】にも「・」がなかったりするしな!

……………………

【ハ♡トフェルトゥギフト】ぽかぽか陽気に誘われて
【ハ♡トフェルトゥギフト】春の足音
【ソラを跳ね】ささやかな
【私のハルモニア】輝きのなかを……

(頭を抱える真乃P)

なんと例外なく『お日様』なのでした。
(【あなたといただきます】の件は現在考察中です。)
よくみたら先程のプロデューサー診断画像においても『お日様』と記載されています。

幽谷霧子は『お日さま』
櫻木真乃は『お日様』

そこに何の違いもありゃしねぇだろうが!
違うのだ!!

明確に差別化された2人のお日さまの表記。
要するに、お日さまを太陽の事と捉えるならば、
異なるのはこの2人の太陽観という事になります。

『お日さま≠太陽』

この謎を紐解くにあたり、印象的なエピソードが存在します。
安倍総理こと、アイムベリーベリーソーリーです。(そう略してるやつ他におらん)

【アイムベリーベリーソーリー】木イチゴのジャム

ジャムで反応したあなた、はるきPです

霧子はよく不思議な世界観を持つ女の子として扱われますが、
反面こちらの予言書でも解説してある通り(ダイマ)、根幹では現実の非情さを知るリアリストでもあります。

霧子の現実観は、ソロ曲においても色濃く綴られています。

残酷にも見えそうなこの世界には君がいるよ

雪・月・風・花 幽谷霧子(結名美月)
作詞:真崎エリカ 作曲:rionos 編曲:rionos

話を安倍総理に戻しましょう(その略称やめ)

この場面はよく、
「この文脈で花のこと言ってないとか霧子学はよくわからん!」
という意見を目にします。
確かにもっともな意見なのですが、
ものすごーく初心に立ち返ると、
そもそも「花が嬉しそうである」というのは非現実的な擬人法に過ぎず、
「嬉しそう」という表現は本来生き物に対してのみ用いられる表現です。

通常擬人法というのは意図して用いるものであり、
多くの人間は普段日常において無意識的に
「空が泣いている」
などとは言いません。
これは主体を自身、ひいては人間として思考をはかるためです。
擬人法とは感情移入による推量からくる表現であり、
生き物でない存在に一方的に生命を宿し代弁する、人間様の傲慢な解釈と言えます。

である故に、幽谷霧子は自身が物語性を感じた存在に対し、「さん付け」という敬意を払うことで人間様の地位を下り、赦しを得て世界を慈しもうとします。

人間という立場で太陽を呼び捨てにせず
「お日さま」という敬意を持って享受しているのです。

要するにアイムベリーベリーソーリーにおける当該シーンで霧子が「嬉しそう」という表現を当て嵌めたのが妊婦さんであった事は、いわば人間としてごく自然な事だと言えるわけです。

言い換えると、
霧子もまた、人間の範疇で世界に在るという事です。

『櫻木真乃という主人公』

(あーあ、真乃のコラムになっちゃったよ)

さて、そうなるとむしろ異質なのは真乃の側である事になります。

アイムベリーベリーソーリー内の上記場面のようなシーンは実は他にも存在します。

櫻木真乃【Landing Point】暗がりから、掴んで

こちらは前例とは異なり、
鳥という、生き物に対してのものですが、
人間と鳥が並列に用意された文脈において、感情移入の優先度が先に働くのが鳥であるという事もまた、通常の人間とは異なった価値観であると言えます。

人間としての目線に囚われていない存在
それこそが櫻木真乃が鳥と心を通わせる事のできる最大の根拠であり、
人間を第一に思考してしまう先入観を持たない純粋で平等な価値観
→霧子のように物語性を見出してから「さん付け」を行うというワンクッションを置かずとも、範囲を限定せず鳥や花と心を通わせられると疑わない無垢な才能(反応した鈴木Pはおかえりください)

これは残酷な世界を解きほぐす事なく、ありのままの世界の隣に在る事ができるという才能です。

世界を疑わず、隣にいられる才能
嘘が嘘であると疑わない才能。
インターネット使うの難しい才能

【ノンセンス・プロンプ】不斉原子

それこそまさに、
ノンセンスプロンプで冬優子が信じると決めた、
プロデューサーの最大の強さと同質のものなのです。

全てを疑わない才能。
世界の全てを美しいと肯定できる才能。

【私のハルモニア】輝きのなかを……

雨にさえも輝きを見出せる才能。
人間の立場で世界を見下ろすのではなく、
自然の、世界の一部として全ての隣に在ることができる
それこそが、プロデューサーが櫻木真乃に感じた自身の願いの理想系であり、
真乃をイルミネのセンターに、283プロダクションの真ん中に選んだ最大の理由なのです。

【Catch the shiny tail】私の場所

人間だけでない、世界を、
あらゆるをリスペクトできる真乃だからこそ。

『お日様』

さて、そんな世界にとって、
太陽というのは最も大きく、強い灯りです。

その強すぎる光は決して暖かさのみをくれるものではありません。

実際、その熱量を他者をも捕食するエネルギー源として焦がれる者もいます。

【国道沿いに、億光年】火の星

現実を直視する人間たちにとって太陽とは、誰かを傷つけてしまう存在でもあるわけです。

現実を全肯定できる人間 櫻木真乃 『お日様』
現実の残酷さを知る人間 幽谷霧子 『お日さま』

すなわち『お日様』とは、太陽という存在を無加工に肯定できる者の享受する光であり、
『お日さま』とは太陽の持つ二面性を解きほぐし、
肯定的側面のみを抽出した表現なのです。

この法則を意識すると、
前者に浅倉透が、
後者に樋口円香がどこか惹かれるものがある事実が
ものすごく腑に落ちませんか?

ジューンブライド283プロダクション特集

世界をありのままに美しいと感じるか
両面を知り、それでも美しさを見出すか。

そしてこれこそがアイムベリーベリーソーリーで真乃と霧子にすれ違いをもたらした、
2人の世界との向き合い方の違いである訳です。

【アイムベリーベリーソーリー】木イチゴのジャム

真乃の感性を受け、時間差で物語性を見出した事で、霧子はお花に「さん付け」をするように表現を改めています。
つまりこのシーンとは、
太陽に暖かさを見出す2人のタイムラグを表した象徴的な場面だったのです。

【アイムベリーベリーソーリー】木イチゴのジャム

そしてそんな真乃を、霧子は『隣に』感じました。
ここの流れちょっと美し過ぎますね……。

『おひさま』

ここまで表記にこだわった解説を見れば、先程の画像の違和感にもお気づきかと思います。

『おひさま』とかいう他に見ない表現がそこに…
コミュ内で
「霧子が、お日さまなんだ…」
とか言ってるくせにそのコミュタイトルが
『おひさま』って……

本当に長い期間()、これが誤表記なのか意味のある物なのか頭を悩ませてきました。

そしてこの度とうとう、長年の()疑問に答え合わせが行われたのです。

【海へと還る街】雨粒と灯り

パラコレ内での、徹底した『おひさま』表記。
初見時コミュ読んでボロ泣きしてたのにこのシーンで全部引っ込みましたからね。あまりに当惑して。

しかし裏を返せば、
ここまで徹底してきた『お日さま』表記をパラコレという場で変更した以上、何か意図があるのだろうという確信が持てた事はとてもありがたい事でした。

そこに意図があるのなら後は考察するだけなので。

コミュ名等においてはあえて表記を変えてある、
という線も無さそうなのはこの2枚が証明してくれています。

いよいよ本格的に大きな意図を感じますね。

現実を全肯定できる人間 櫻木真乃 『お日様』
現実の残酷さを知る人間 幽谷霧子 『お日さま』

そして新たに、『おひさま』

関係ない

要するに『木イチゴのジャム』にて真乃がもたらした霧子の変化のように、
パラコレにおいての霧子の何かしらの変化が、
『お日さま』を
『おひさま』へと変えたのだと考えられます。

そもそも長々と語ってきたように、
『お日さま』とは『お日様』を霧子独自の感性によって解きほぐした表現です。
人を傷つける側面を持つ太陽を解きほぐすことで、柔らかい物へと変化させた。漢字→ひらがな

であるならば、
『おひさま』とは、
『お日さま』をさらに解きほぐした結果であると考えられます。

そして、『日』というのは『お日様』の中で直接太陽を表した部分に当たります。
そのため、解きほぐすのに最も長い年月を要したのかもしれません。

【琴・禽・空・華】において、トゥルーエンドの『日』のみが唯一ローマ字変換できていない事からも解きほぐすに難しいその強さが伺えます。

次回のPSSRが【かぜかんむりのこどもたち】なことを踏まえると、この時の霧子は色々な方法で世界を解きほぐそうとしていた名残が読み取れますね。
(yu hi=夕日はお日さまの一つの状態を表す言葉のため、『日』という字それ自体の強さから既に解きほぐされた言葉なんだと思います)

では結局のところ、
霧子のどのような変化が
『お日さま』をもう一段階解きほぐす後押しをしたのでしょう。

『あい』

【アイムベリーベリーソーリー】あい

たまには結論から話してもいいでしょう。
幽谷霧子にこれまでずっと足りなかったもの
それは自分自身を愛する心です。

【W.I.N.G.編】優しい失敗
【G.R.A.D.編】パン

幽谷霧子という人間はあまりにも優しいのです。
その優しさ、そして博学な頭脳を持つあまり、
施される優しさや待遇に自分より享受するに相応しい存在がいるのではと苦悩してしまいます。

大きな愛を受けて育った事で、恵まれた環境がどんなものかを知っています。
両親が共に医療に携わるものである故に、恵まれない環境がどんなものか知っています。
全員が平等に愛を受けられる世界でないことを知っています。

故にそんな世界において、
恵まれ続ける自分に罪悪感を持ってしまいます。

生まれ息をした 罰かも知れない

浮動性イノセンス アンティーカ
作詞:真崎エリカ 作曲:ArmySlick・Giz'Mo(from Jam9)
編曲:ArmySlick

実際は愛されるだけの理由が数え切れないほどあるんですけどね……。理由なく恵まれているのではなく。

つまりこの部分こそが櫻木真乃との価値観の差異を生んだ根幹の違いであり、
世界を不平等なものである事を出自から悟る先天的な罪悪感を持った存在。
故に太陽もまたその光が平等に届かない残酷な存在として映るのでしょう。

『もう1つのお日さま』

先天的に罪悪感を持った存在、
つまり世界の残酷さを知る者がもう1人存在します。

公式Twitter「シャニマスプロデューサー診断」

八宮めぐるです。
ちなみに私はめぐるPです。
つまりさっきのダイマの画像は伏線だった訳ですね()

こうやってすぐ脱線するから本題忘れるんだよーっ!

(せき)

八宮めぐるという存在がただの元気っ子でない事は殆どの方がご存知かとは思います。
その際必ず語られるのが、
これまたご存知こちらです。

(チエルアルコはいいぞ恐竜)

【チエルアルコは流星の】同調の水、されど

めぐるは自身の外見的特徴がその他大勢と異なる事に一言で言い表せない不安を持っています。
そんな自分が周りに溶け込めるかという不安。
人に嫌われてしまわないかという恐れ。
今でこそ人に話しかけるのが得意な彼女ですが、初めは話しかけられるまで輪に入ることができませんでした。

【Landing Point編】君じゃなきゃだめなんだ

(激重感情好き…)

そして友達がたくさんいる今でも、ふとしたことでその恐れは大きくなり、彼女の見る空を曇らせます。
本質的な不安や恐れを残したまま振る舞っていると言えます。

【star n dew by me】呼吸のソルフェージュ

めぐるの振る舞い、優しさは、核心に
「誰かといる事を赦されたい」
という強い願いから来ており、
多くのコミュで描かれる、自己犠牲とも取れる優しさの奥にはこういった思いが潜んでいる訳ですね。

第313話『行く末』

それは側から見た時
「なんていい子なの…」
と映ります。
内にどんな想いがあろうと裏があるわけではないので

そこにこそ、あの市川雛菜をして、

【♡like】BUTAMAN

太陽と言わせしめた優しい強さがあります。
これだけ自分という世界が完成され尽くした雛菜に、
その世界において太陽と定義付けられたことがどれだけ凄いことか…
故に
雛菜の話をする時はめぐるの話をする必要があるんです。
(サブリミナルノクチル達成)

一方のめぐる自身はというと、

【シュカのまにまに】なんでもない日の夏空

太陽がもたらす暖かさが、ただ暖かいだけではないことを知っています。
ならばこそ、自分のもたらす熱が決して人を傷つけるものではないようにと。
それは実に霧子が太陽を『お日さま』という願いを込めて呼びかける想いに似ています。

何故突然めぐるを語ってきたか、
ただ類似点を披露したかっただけでない、
根幹に関わる理由がまだ存在します。

どーん

        "『お日さま』"

霧子以外で唯一、『お日さま』という呼称を持つ存在

これがどれだけ大きな意味を持つかはもうお分かりかと思います。
そしてこれこそが、
幽谷霧子と八宮めぐるの深淵部分での価値観の一致を裏付ける最大の根拠です。

『お日さま→おひさま』

実際、めぐるが『お日さま』というフレーズを持つ事は霧子の『おひさま』への変化を紐解く際にとても大きな手がかりとなりました。

【夏に恋するピチカート】太陽のしずく

そう、めぐる自身は太陽を『お日さま』とは言わないのです。
あくまで『太陽』と。

【まわる音色、君色のかおり】お日様の香り

真乃が『お日様』と声に出しているコミュの中でさえ、『太陽』と言っていることからも差別化が明確であると言えます。

【まわる音色、君色のかおり】お日様の香り

そして真乃の言葉を受け、めぐるの口から『お日様』と言い直す場面に続きます。
この流れは実に先程語った『木イチゴのジャム』と似ていて、
真乃とめぐるの対比
霧子とめぐるの類似
がわかりやすいシーンになっています。

さて、
めぐるが『お日さま』ではなく、
『太陽』と言葉にする事実。

このことから
・深層心理での呼称と、出力されるものは別の形を取ることがある
という仮説を立てることができます。

この場合、
めぐるは深層では太陽にその残酷な側面を持たない『お日さま』としてあって欲しいという願いを持つのではないかと推測できます。

深層心理にある願いが意識化に反映されていない可能性として考える事で、合点のいく事例があります。
 
お待ちかねの本題です。長かった…

【天・天・白・布】の『おひさまと布』における
『おひさま』もまた、
霧子の深層心理に存在していた『お日さま』の理想系、その先行描写であるという可能性です。

(「霧子が、お日さまなんだ…」と称したプロデューサーも、この時点ではまだ霧子像を掴みきれていない時期のため未確定な解釈に過ぎなかったと言えます)

もう少しわかりやすく言い換えると、
初期の時点にして、
霧子の到達点が霧子自身によって示唆されていた
という事です。

パラコレでたどり着く未来の姿を示していたのが、
【天・天・白・布】だったのです。

さらにこのカードの場面はStep編でもリンクする内容となっており、

【S.T.E.P.編】きりちゃんのばん

また、Step編で描かれた『おばけ』はパラコレの手紙での主題として扱われています。

【S.T.E.P.編】しろくくるんで
【海へと還る街】アイドルからの手紙

まさに、過去と未来の邂逅。
そしてこの手紙の内容こそ、全ての答えです。

くろうの果てに、ランプはできたのです。
しあわせおいしいできたのです。
つまり、パンができたのです…。

【G.R.A.D.編】ふかふかでほかほかしたもの
【海へと還る街】雨粒と灯り

どうすれば多くの人にパンを届けられるかがわかり、
それを現実的に実行できている過程にあるからこそ、霧子はついに自分を赦すことができたのです…。

そしてそんな手の届かないような大勢に手を差し伸べる、強欲とも言える救いの欲求。
『おひさまみたいになりたい』という、
自分が『太陽』になる覚悟。
それこそが『お日さま』を『おひさま』へ昇華させる最後のピースだったのです。
絶対に分け隔てなく全てを優しく照らすのだという、強い強い決意。
それこそが、『おひさま』

これがね、愛じゃなきゃなんだってんだ…

【アイムベリーベリーソーリー】あい

ここも霧子のセリフパートにされてるのが本当に…。


『綿毛ノ想』

なりたいもの=やりたいことが言えた

これって元を辿ると、

【綿毛ノ想】寄り道

出会ったばかりの頃、恋鐘が教えてくれた事。
=原初の課題だったんです。
それをパラコレという未来で、
ついに克服。

【海へと還る街】雨粒と灯り

そんな【綿毛ノ想】とは、何故か「・」の存在しない超イレギュラーな最初期サポカでした。

ここで先程の事例を振り返ります。

【天・天・白・布】とは、パラコレの未来で
『お日さま』が『おひさま』へ昇華される示唆だと語りましたね。

と、いう事は
そう…やっとこの謎も解けたんですよ。

【綿毛ノ想】とは、
・パラコレにおいて霧子がやりたい事を言える
・カードタイトルが【漢・字・四・字】でない 
という、
内容とタイトルの両面から最も初めの段階で示していたカードだったのです。

【かぜかんむりのこどもたち】での風ように、
恋鐘の力を借りて未来の自分に近づいた姿
それこそが【綿毛ノ想】…。

それを示すかのように、
本来【綿毛ノ想】に存在していたはずの「・」は、
恋鐘が預かってくれていました…。

「し・あ・わ・せ」の一部として…。

流石にこじつけだと思われるでしょう。
ですがもっとわかりやすいシーンが、
【綿毛ノ想】の次のサポカに存在しています。

【娘・娘・金・魚】な・つ・お・わ・ら・な・い

なんとセリフにまで入れてくれちゃいました。

そして恋鐘が【綿毛ノ想】において霧子らしさを知り、ありのままの霧子を肯定してくれたから、
今日まで霧子は胸を張って漢字四字のカード名を再び引っ提げ続けることができたのだと思います。

【綿毛ノ想】霧子の魔法

恋鐘のおかげで自信を得た霧子は、
1つ後のサポカにおいて、ちょっと気合を入れていっぱい使ってしまったのかもしれません。

そう思うと、なんだか凄く張り切った霧子が想像できて可愛くないですか…?

『なんだか……すごく──』

【天・天・白・布】に、【綿毛ノ想】
いずれも過去の地点において、パラコレの未来を最初期から映していた存在であると語ってきました。

過去と未来の自分が交わる

それって…

【海へと還る街】手を振る君へ

あまりにもパラコレのトゥルーエンドコミュ…。

このコミュの展開が、未来が、
過去の疑問を解決するヒントになってくれたのでした。
過去が未来を映し、
未来が過去を確立したのです。

思えば霧子コミュにはこれまでも、このような因果の逆転のような現象がちらほら見られました。

【縷・縷・屡・来】いる

ここの解釈はかなり固定化されていない部分のため、個人の解釈前提にはなりますが、
生を終えた鳥に想いを馳せるあまり近づき過ぎ、鳥に連れて行かれそうになったところをブランケットの動物たちが死に死を与えることで生の世界に戻してくれたのだと思っています。

(ここで鳥という存在が最も遠くなる→真乃との対比
=花鳥風月ではなく雪月風花という世界を見ている)

また時間的な因果として、

【夕・音・鳴・鳴】まちぼうけ

本の内容の全てが今後の霧子コミュのテーマを示しています。
また、パラコレ【海へと還る街】での決意の原型も既に仄めかされていました。

【夕・音・鳴・鳴】まちぼうけ

この時点ではまだここまでの決意ができる心境が固まってはいないはずなのですが、(gradも琴禽空華も実装前)
パラコレ時点と同じレベルの宣言をしています。
これは本の中に見た美しい物=未来で見る物
を見た事で、
一時的に未来の自分の目に映る物を見たのではないでしょうか。
(プリズマ士郎みたいなアレって言って伝わる…?)


何が言いたいかというと
霧子コミュにおいて
未来と過去が出会った時、未来の側もまた過去に影響を与えるという因果の逆転が起こることがあり
同時に目に映る物も入れ替わる事がある

という事です。

【海へと還る街】手を振る君へ
【海へと還る街】あの日君の見たもの

この流れでいよいよこのシーン、
このセリフの続きを提唱したいと思います。

因果の逆転により、過去と未来の視点が入れ替わる事
そして、
この2つの場面のコミュ名。
これが示す『君』は、
それぞれ現在時空が未来の霧子に
未来の霧子が現在時空(過去)の自分に
対して充てている物だと考えられます。

な・ら・ば、

【海へと還る街】あの日君の見たもの

この場面の霧子が指す
あの日とは、未来であり、
君とは、未来の霧子である事になります。

つまり君の見たものとは
『未来の霧子の目に映ったもの』なので、
現在時空の霧子が、未来の自分の視点を通して今の自分を見ている事で生まれる言葉が続く事に。

なので私は、皆様が
未来で手を振る2人への情緒を持った予想をする中、

「なんだか……すごく─────
    ──────なつかしい感じ…」

で提出させていただきます!!!!!

多分他にいないんじゃないかなこんな捻くれた予想…

兎にも角にも、これにて
最初に掲げた全4項目の解説完了になります。

(実はもう2人、『お日さま』にまつわる呼称を用いる存在がいるので
どこかで解説できればと思います。
大崎甜花
郁田はるき
の2人です。)

長い!!!!!!!!!
マジで毎回最後まで読んでくださる方本当にありがとうございます…。

幽谷霧子と、その全てのファンに幸あれ。



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