【アルマ】には何が書かれていたのか
浅倉透には、激情がない。
ノクチル過激派おむすび恐竜です。
全ての予定を破り捨て、緊急でnoteを書いています。(デジャヴ)
唐突なトワコレ浅倉が、これまたクソデカ必修コミュだったためです。

UR凛世の感想で、G.R.A.D.2みたいな言葉を見ましたが、今回の【アルマ】もまた、この括りと言える内容だったのではないかと思います。
(【絵空靴】、実にアイドルマスターでシャイニーカラーズすぎるから絶対に読もうね)
2025年のシャイニーカラーズ、ちょっと始まりすぎている……
前回noteで扱った雛菜、
パラ小糸、
連続するように今回のトワ浅倉
あの、ノクチルPは富裕層みたいな勘違いしてませんか…???「青森行けるくらい金ある」んじゃなくて「青森行ったから金無い」なんですよ

僕まだ【アマテラス】の三部作書ききってないんですけど……
(パラ小糸のnoteを書いていないのは個人的に手放しで賞賛できる内容ではなかったためです。機会があればパラコレ時空ノクチルのまとめとかで扱います)
長くなってもいけないので解説をじゃんじゃん始めていきましょう
『ここに赤い実があったとして』



冒頭から「食べる」「食べられる」事についての話。浅倉透全開のコミュが始まる確信。
ここでのモチーフが、鮭、明太子、そしてりんごなのがね、そういう事なんですよね…(呪言じゃないよ)
全部、『赤いもの』なんです。理由は後述。



続く『アルマ』というキャラクターのセリフ。
「バリッ」も大事な擬音ですね。
言語化能力の乏しい浅倉にとって、音はとても大切な要素です。




感情を翻訳せずに出力したもの、それが浅倉透にとっての擬音。
どんなに優秀な翻訳家でも、原文そのままを別言語で出力する事は不可能です。
繊細な感性を持つ浅倉にとって、この僅かなズレこそストレスであり、非言語のままダイレクトに伝わることこそ大きな喜びとなります。





…(このコミュ画像だけだとシュールすぎるな)
【アルマ】へ戻ります。






今回浅倉が演じる、『アルマ』についての説明。
まさに捕食を具現化したようなキャラクター。
哀れですね、Ms.食物連鎖。

ただし1話の時点ではまだ浅倉に確定はしておらず、2名の候補者に絞られている段階のようです。
さて、両名を分ける要素とは──────?
みたいなのが今回の主題となる訳ですね。
『君がそれを食べられるとする』
2話目。
候補者2人が最終選考前に顔を合わせるシーン。



シャニモブ大好きマン歓喜。新モブ登場です。
…なんか既に嫌なやつですねコイツ(手のひら)

ふっかけてきます。恐ろしく早い攻撃。
入室した瞬間ガクチカ語り出すレベル。




よく堪えた。脳内で留めたのは褒めてやりたい。

全然留めてなかった



大概にせェよお前!?失礼やろ!!!

「少し」???????????????



オーディションスタート。
ここ要素てんこ盛りすぎて解説が追いつかない…
とりあえず全て順番に説明しますが、
要素として大切なのは
・命
・目
・カメラ
・獣
でしょうか。「さようなら」もだろ!!!
って人は多分『グッバイ』に取り憑かれた人。
まず命ですが、これはもう、ね。
『捕食者』というフレーズが初めて登場したG.R.A.D.でこれでもかと扱われたテーマです。




次に、目。


この捕食者こそ獣であり、





カメラが息を始める、全部飲んじゃう、全部飲んで輝く、怒ってるみたいな、悲しんでるみたいな、挑んでるみたいな、獣みたいな、飢えてる目。
ではその瞳が見つめるカメラとは、
浅倉透にとってどのような存在なんでしょうか。


地面を見るはずのディレクションに対し、カメラ目線で演じてしまった浅倉。
つまりそれだけ、浅倉透にとって「カメラを見る行為」は重要な意味を持つことになります。

このテーマを語るにあたり、
最重要となるのがこの2枚です。


【殴打、その他の夢について】では、浅倉が日常の中で琴線に触れたものを写真に収めていく様が描かれます。












このコミュは本当に、トップクラスに言語化が難しいコミュと言えると思います…。
ただ最もシンプルな言葉で表したとき、
「浅倉透はカメラ、否、レンズを通して激情に触れることを求めている」
と表せるのではないかと思っています。
材料を増やしていきます。



未来の浅倉が写真家として活動している中で、その写真に見られるこだわりとして、「ガラス越しの風景」が多いこと。




『音』という要素。
「壊れるみたいな」
極め付けは、「そっち側」。
『撮る側』と『撮られる側』の明確な二分。



再三になりますがおさらいです。
浅倉透が被写体としてカメラを見る=捕食
つまりカメラを見つめる時は捕食の意思があり、

同コミュ内にて、
浅倉は「食べてくれたら」と言っています。
被捕食者の立場となる発言です。







浅倉が強く捕食を意識することとなったLP編の動機として、
「食べたい」よりも先に、
「食べられたくないもの」が自分の望まぬ他者によって「食べられてしまう」事を防ぐため、
その存在よりも上のヒエラルキーになる=「食べなければ生き残れない」という強迫観念があります。
→大切なものを守るために外敵を食らう
言い換えると、
「食べられたくないもの」でなければ、
ひいては「自分自身という存在」であれば、
食べられる事それ自体には本来抵抗がないんです。
その上で、
被写体としてカメラに映る者が捕食者、
撮る者が被捕食者となるならば、
浅倉透がカメラを向ける相手は、
「浅倉にとって食われてもいい、そのくらいの感情で向き合いたい相手」という事になります。
(先生とかも?!って思われるかもですが、浅倉は人自体というよりも感情を見ています。もちろん人も見てるけど)


このロジックを適用すると、パラコレにおいてガラス越しの作風にこだわる理由も辻褄が合います。
ガラス越しにカメラを向けると、反射と写り込みが合わさり、内と外が混ざった風景が撮れます。


アイドルではなくなった浅倉が、それでも満たされない『飢え』を満たすための、擬似的に捕食者の立場へ自身を入れ替える手段。
それこそがカメラだったんですね。
と、いう事は、
パラコレ時空においては、
アイドルをやり切り、てっぺんを取って尚、浅倉の『飢え』は満たされていない=手段も適切なものではなかった事になります。
この辺りが我々が【テープエンドの行き先】に対して感じた不信感の正体であり、
ラストシーンに感情移入しきれなかった原因なのだと思います。
(その『飢え』をプロデューサーのみに向ける事で解消しようとしたようにも映るため)
さて、なぜでここでこのボリュームの脱線を挟んだかというと、
この先の展開に大きく関わるから、ですね。
【アルマ】に戻ろう。



新・人・女・優にボロクソに言われ、流石の浅倉も悩んでしまいます。
(…本当はこの子普段からいろんな事に悩んでるんですけどね)
そして今回のキーワード。 熱意、覚悟。
『その時君は何を思い』

浅倉透、合格ー。いぇー

チラ見せのやつ。言い過ぎだよ、千雪(言いがかり)




マジでこの女優を霧子やめぐるや果穂さんに会わせたくない。絶対に違う世界で生きててくれ。
それか十字靭帯ガールとレスバしてろ()





迷いから、次第にカメラを見る目が曇っていく過程がレンズによって描写されています。巧み。
一枚目の時点で既にややノイズがかかっているのも細かいですね。
(前の章で目とレンズの話してよかったじゃろ?)


ここで明確に語られる、浅倉透の空疎性。
浅倉透は美しい。
精巧で、複雑で、繊細で、透明な音のようだ。
食べたいと飢える、捕食者。
のぼりたいと、飛びたいと願う者。
それは、何故?















燃えたい、爆ぜたい、欲しい
激情を持つ樋口円香になりたい。
それらの、いわゆる有名な「樋口→浅倉」
以上の、「浅倉→樋口」の矢印は、
一体どこから来るものなのか。
浅倉にとっての【ダ・カラ】はどこにあるのか。
答えは実にシンプルで、残酷なものでした。
『どう食べるか』




そう、何もない。
浅倉透に、「食べたい」理由など、
燃えたい、のぼりたい、飛びたい理由なんて
何もなかったんです。
それを改めて突きつけられ、相手の熱意、覚悟を見せつけられ、
浅倉はかつて経験した、
「焼かれたくないものが焼かれる」の、「焼く側」になる事は許されるのかと悩みます。

このテーマね…霧子G.R.A.D.と共通のテーマだけに個人的にめちゃくちゃ心痛いんですよね…十字靭帯ちゃんは伏線
浅倉透の空疎性は、特にこのコミュにおいて描かれていました。







どうやっても、何度やっても、泣く演技ができないというお話。
やがて追い詰められ、とうとう成功できず、その状況でさえも自分のために涙を流す事ができない浅倉の、感情表現の欠陥を描いたコミュです。
さらに、



その次のPSSRでは、まるで初期のようなすれ違いぶりを披露しています。
初見時、国道沿いを経て尚同じ展開やるか???
と大層首を傾げたものですが、
これ、逆なんですよね。
国道沿いを経ても、依然、飢えが満たされていないことを描いたコミュだった訳です。



言い換えると、
wing時点からの目標であり、夢見続けた
「プロデューサーとジャングルジムにのぼる」というイベントを達成しても尚満たされなかった事に、浅倉は強い不安を感じていたのです。
これが浅倉の感情のバグの正体。
真に求めているものと、欲するものが噛み合わない、バグ。






そのズレは本人にも気づけない。
【アルマ】の4話へ戻ろう。





車内で見た熊は、
浅倉自身と同じ目をしていた。
それはつまり、
多くを傷つけ、貪り、奪うものの目。



この地に呼んだ監督が語る、熊の被害。

そして他ならぬ監督自身が、その被害者の1人。
被捕食者でした。

監督は語ります。その獣と浅倉の同一性を。





ありのままに、わがままに。


ここの表現が心の底から好きで……好きで……
シャニマスを好きな理由が詰まったこの言葉の選び方とまとめ方……本当に、美しい………。



浅倉透が、吠える──────────。
自分のために泣くことのできなかった透が
今、自分のために吠える。
ただ食べたいという衝動だけを理由に。





「透明、なのかもしれない。美しいものは。」
そう、これが、浅倉透の飢えの正体。
「食べたい」理由、
「欲しい」もの、
「飛びたい」きっかけ、
「走りたい」場所、
その全てを持たない、空っぽな存在。
それこそが浅倉透という人間の正体。
何もないから、「何かが欲しい」。
形がないから、歪でなくて、
他者にはそれが美しく映る。
だけど浅倉透本人には、「何か」を持つ他の皆がひどく美しく見えるから。
自分にないものを持っているから。
魂を削り出すような激情も
居場所を守るために頑張る熱意も
しあわせのために選び続ける覚悟も
何もかもが自分には無いものだから。


ただひたすらに欲しいと思える何かを、
満腹になれる何かを、
好きだと思える、やりたいと思える、
譲れないものが何か一つ、欲しいから。
ただ目の前のものを食らう。永遠に満たされる事は無いその飢えを、一時的に凌ぐように。
だから憧れる。きっと満腹になれるであろう、大きな餌に。
それを喰らえる、捕食力に。







真っ黒な存在は、すべての光を飲み込みます。
黒ベースは、加法混色へと至る道。

そう、樋口円香が透明な願いへと至るための道標に、浅倉透はこの時辿り着いていた事になります。
奇しくも樋口と雛菜の進退を分かつその時に。
そしてこの布石は過去コミュから行われており、








(赤、なんですよね…浅倉の欲する色。誰かと同じ)




(これに対してのアンサーがコースティクスで『みえないけど、ある』なの天才なんだよな………)







さぁ、お気づきですね!!?
浅倉のコミュの中で、少しずつ、着実に描かれてきた要素こそ、コースティクス現象でした。
それが全ての光を飲み込む黒から始まり混ざり合う光なら、
樋口円香が、ノクチルが、願う姿であるためには、
浅倉透が捕食者であり続けることは決して間違いではないことの何よりの証明となるのです。
にも関わらず、浅倉透に未だ満たされる兆しすら見られないのは即ち、
浅倉が心の底で求めるものは別にあるからです。


お待たせしました。
トゥルーエンド解説の前に、
今回の本題に入りましょうか。
主題『【アルマ】と【フリークス・アリー】』

樋口コミュの中で最も、ふわっとしか解釈されてこなかったコミュこそが【フリークス・アリー】だったのではないでしょうか。
しかしこの度、【アルマ】実装によって【フリークス・アリー】は完成の時を迎えたと言えます。
そもそもテーマ、モチーフ、ストーリーラインなど、素人目にも共通点が多い2枚ですが、
根幹のリンク性が高すぎて脳汁止まらなくなります。
解説読む前に思いとどまってフリークスアリー読み直して欲しいレベルにはシナジーえぐいです。


冒頭。『飢餓』というワードに覚える既視感。


夢や目標がないのは、樋口ではなく…………?


モノクロで、鮮やか?イノセント?
この世界観って……

((買いたい、だから。私の聴きたい歌))


飢えの満たされない吸血鬼
………繋がりましたね?
そう、【フリークス・アリー】で描かれた吸血鬼とは浅倉透のメタファーであり、
【アルマ】とはそれを可視化したコミュだったんです…………
先月あんな濃いひなまどやった直後になんだこの激濃とおまど………………………………

樋口円香には夢も、熱意もあるという皮肉。
浅倉透との対比をこれでもかと突きつけます。











対比構造を裏付けるように類似したシチュエーション。【アルマ】の新人女優に対し、引退を考えている女優という構図の対比。どっちもアレ()







まるで【アルマ】にて熊と自身を重ねた際に浅倉に生まれた躊躇いのように。


これずっと樋口自身に重ねたものだと思ってたんですが、
チョコレートによって毒が巡り、身体中の血が入れ替わるのが主人なのであれば、
この独白の真の主って浅倉透なんですよね……。
モノローグの主を明記しない叙述トリックめ……
(現に1コミュ目や3コミュ目は明確に主人の言葉ですし)
つまり浅倉透にとっての美しいもの、とは、
樋口円香であると。
捕食を繰り返しても、樋口円香にはなれないと。




対してのメイド長=樋口のセリフ。
『美しい』
円香にとっての美しいものとは浅倉透に他なりません。
畳み掛けるメタファー「逸る『心臓』の『音』」
なんで今まで気づかなかったんでしょうね…
めちゃくちゃ浅倉透じゃんなこんなの………
そうなんです……
これ要するに、
浅倉透が気付けない、
本当に欲しいものは樋口円香であり、
赤いものも、燃えるものも、爆ぜるものも、
樋口の激情を思わせるものだからに他ならないんです。
ちなみにこれは恋情の意ではなく、
「ああ、在りたい」ってやつです。









つまりね、
浅倉透もまた、樋口円香に「こう」思ってるんです。シンプルにいえば。
ただそれを永遠に自覚できないから、
その何かを欲して永遠に飢え続けてるんです。
パラコレのホーム会話で、浅倉が樋口を撮ろうとしてるのって
失われてしまった樋口の激情をレンズを通して呼び戻したかったから、なんでしょうね……。


絶対に望むものになれないことを知ってしまうの(樋口)と、
その事に気づくことさえできないの(浅倉)って
どっちがマシなんでしょうかね…………


これも今から見れば、浅倉透という存在を可視化するって言ってるようなもんじゃないですかー…












浅倉透が本来は捕食者などではないと、
ただ樋口円香に焦がれているだけの人間なのだと知らせてやれば済む話なのに、と解釈できます。



ここが【アルマ】のメッセージとリンクする点。
捕食者となってしまった悲劇を、肯定する事。
それこそが陸である彼の役目であり、
いずれその道が、ノクチルが真の光となる道標であることは先述の通りです。
そして、樋口もまた


その時、きたな………………。【アマテラス】note完結させろよ!!!!!
トゥルーエンドは完全に樋口円香のお話なので割愛します。
是非この、
「吸血鬼の主人は浅倉透のメタファーである」
という目線で【フリークス・アリー】を読み直してみてください。脳がぶっ飛びます。
解説してないけど他にも対比になってる要素が多すぎて…メイドとしてのスタンスとか…。
さて【アルマ】のトゥルーエンドを見ましょうか
『その答えは君の中に』




ドラマのシーンからスタート。


まぁ食われるんだろうなこいつ、みたいな展開をわかりやすく醸し出しながらも、浅倉扮する『アルマ』の一面的ではない魅力を描写しています。
そして、時が来る。




何気ないドラマのワンシーンに見えます。
本当に何気ないワンシーンのように。
でもこれね、
あのシーンの再現のようには見えませんか??






敵対ロマンス(透)
(マジでこれとめぐるのやつは何回見ても情緒ぶっ壊れる……………)
まぁ正史じゃないですよ、ないですけど、
限りなく本質を突いた言動を取ってくるんですよ、このシナリオ内のアイドルたち…………
つまりここ1番で大切な人のためになら死を選べる=絶対に食らうんだという熱意や覚悟がなかった浅倉から、
それが大切な相手でも最後にはしっかり食らうことができる、真の捕食者になった事を描いたのが【アルマ】トゥルーエンドにおける劇中劇なのではないかと思うんです。




そして浅倉自身も、そう語っています。
覚悟を、見せていくのだと。
もう食らうことを、迷わないのだと。




ラストのやりとり。

これ。
つまりですよ、
空っぽだから、何かが欲しい。
「無い」からこそ、無いものを埋めようとする欲が確かに「ある」
ことを最も端的に言い表した締めくくりなんですよね………(デカルトさん……)

んね………。
*『総括』
いやーーー…………
浅倉透のどこかズレた矢印や、自身への当事者意識の無さ、無感情さなどを痛烈に炙り出しながら、その空白だけは確かにあると言い切った名コミュでした…。
わがままさがない個性も貫けば我儘になる。
パラコレ咲耶に近いメッセージ性も感じるし、なんかほんと今年のコミュは新しい始まりを感じさせてくれて好きです……。
樋口との対比や焦がれを考えると、
捕食者なのに食べ物にこだわる描写がない浅倉に対し、明確に好きな食べ物が描かれている樋口の対比も実に巧妙だなと……。
担々麺やサンマーメンなどで、近いけど別の食べ物を並べたりしてきたのも方向性の不統一感を演出する意図だったりするんですかね。
まぁ、なんにせよ今回
浅倉透もまた、明確に樋口円香とは別の道を選んだ事になるので
【アマテラス】を経た樋口とのこれからがほんっっっっとうに楽しみです…………
三部作はよ仕上げろ()

本当にトップクラスに好きなセリフが増えた……
