『赤い魚の夫婦』

お気に入りの席が大人気だったので隅の方に。

巻頭のページに静かに掲げられた、高行建と大プリニウスの言葉。その意味深な一節に触れた瞬間から、物語の不穏で美しい予感は始まる。

海で暮らす赤い魚の夫婦を主人公に、夫婦や家族の愛情、すれ違い、共に生きることの不思議さを描いた寓話。
金魚と夫婦、孤独とゴキブリ、妊娠と猫、不倫と菌……。並べられたのは、一見すると突拍子もない組み合わせ。それなのに、頁をめくるごとにそれぞれの痛みが、狂おしいほどの切実さを持ってこちらの胸にちゃんと共鳴する。
短編集を、こんなにも愛しく思いながら読んだのはいつぶりだっただろう。

訳者の宇野和美さんは、あとがきの中でこう言葉を残している。
近年、翻訳文学において女性作家の活躍は目まぐるしいものがある。けれど、スペイン語文学の翻訳は年間わずか二十冊ほどに過ぎない。日本語で存在しなければ、日本には存在しないと同じことなのだ、と。

「存在しないかもしれない」はずだった世界が、いま、私の手元で確かに息づいた。
この世界の片隅の、割り切れない孤独や痛みを掬い上げてくれた、そのあまりにも貴重な機会と出逢えたことに、深く感謝したい。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集