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英国式 ボイリング・ホットの真実


五月末、イギリス中を揺るがす大事件が起こった。
ロンドンでも三十度を超える日が、なんと一週間も続くという天気予報が出たのである。三十度の一週間連続ノックアウト。

これはイギリス国民にとって、歴史の教科書に載るレベルの大事件であった。案の定、街中はそのニュースでもちきりになり、人々はまるで明日地球が滅亡するかのような熱気に包まれていた。

イギリスに来てから気づいたことだが、この国の人たちは、暑さの表現がやたらと多い。

scorching(焦げる)、roasting(ロースト)、baking(焼き上がる)、melting(溶ける)

気温の話をしてるはずなのに、ラインナップが完全にキッチンの調理法なのだ。
なかでも彼らがよく使うのが “boiling hot(沸騰するほど暑い)” という言葉である。
予報の時点で「うわ〜来週はボイリングだよ!」と大騒ぎしている彼らを見ながら、日本の過酷な夏を生き抜いてきた身としては、なんだか非常にのんきな気持ちになってしまう。

「いや、あんたたちの沸点、低すぎやしないかい?」と。

そもそも彼らが「ボイリングだ!」とパニックになり始めるのは、せいぜい二十七度を超えたあたりからだ。しかも湿度のないカラッとした、日本なら『お出かけ日和』と呼ぶような快適な気候である。

それなのに彼らは、そのラインを超えると「もう学校も仕事も休みにしちゃおうよ」などと本気で言い出し、国を挙げてサボる口実を探し始める。
そしていざ予報通りの晴天になると、全員が示し合わせたように「今日、外に出ないと人生の損である」という謎の強迫観念に駆られ、ビーチや水辺の行楽地へ特攻するのだ。

その結果、道路は大渋滞、スーパーのアイスの冷凍庫はほぼ空っぽになり、水辺の行楽地の駐車場はどこもいっぱいになる。

彼らにとって太陽は、滅多に日本にやってこない海外のトップアイドルと同じなのだ。「今を逃したら次いつ拝めるかわからない」という必死さで、会場へ押しかけるお嬢さんたちと同じ熱量でビーチへ突撃しているのである。

この「暑いから外へ飛び出そう」という発想、日本の夏を知る身からすると、正直言って正気の沙汰じゃない。
日本の容赦ない猛暑において、夏の屋外はサバイバルである。うっかり外に出ようものなら命に関わる。
人々が取るべき正解ルートは、「一歩も外に出ず、エアコンがガンガンに効いた大型ショッピングモールや、大型スーパーの生鮮食品売り場(あのヨーグルトとかが置いてある冷気がヤバいエリア)へシェルターのように逃げ込むこと」の一択なのだ。
イギリス人が「推しに会うために外へ飛び出すイベント」なら、日本人は「冷房を求めてスーパーの冷蔵コーナーに潜伏する避難」である。
むしろ、あの水分たっぷりでサウナ状態の日本の夏にこそ、“boiling hot” や “steaming hot(蒸されるように暑い)” は最適の表現な気がする。街全体が巨大な小籠包を蒸すセイロのようになっているのだから。
イギリス人の言う “boiling” は、日本の本気(気温三十八度・湿度八十%)の前には、きっと “melting” どころか “evaporating(蒸発)” になるに違いない。

結局、イギリス人の暑さの語彙が多いのは、彼らが暑さに詳しいからではない。
めったに思い通りにいかない天気を、大げさな言葉でネタにして、お祭り騒ぎに変えて乗り切るための、ちょっと愛おしい文化なのだろう。

もし彼らが日本の夏に送り込まれたら、きっと “steaming” を通り越して、無言で学校や仕事を休み、大型スーパーの生鮮売り場で凍えているに違いない。私はそう確信している。

ただ、日本の夏の悲しいところは、そうやってスーパーのヨーグルト売り場に逃げ込んだところで、その横でラップトップを開いて仕事をすることはできない、という点である。

二十七度で仕事を放り出すイギリス人を横目に、私たちは「あのヨーグルト売り場の横に、防寒完備のモバイルオフィスさえ設置できれば、涼しく快適に働けるのに……」などと、避難先でまで働くことを考えてしまうのだから、日本人の社畜精神も大概ボイリングしていると言わざるを得ない。

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