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叔母の100円玉が、AIでゲーム街になった ~インベーダーの思い出から始まった、昭和レトロなWeb制作~

76歳の叔母が、昔インベーダーにハマっていたらしいです。

先日会ったときに、ふと出てきた話でした。文学が好きで、本棚に五木寛之や遠藤周作が並んでいるイメージの叔母が、ゲームセンターで100円玉を積み上げていた。当時は猫も杓子もインベーダーで、やり始めたらはまって、休日になるたびに通っていたそうです。

その話を聞いて、なんだか作りたくなってしまいました。

プログラミングの話でいうと、若い人に「基本に立ち返りたいときはオセロゲームを作るといい」と教えてもらったことがあります。理由を聞くと、ルールが明確で、状態管理の練習になるからだそうです。

なるほどと思って作ってみると、確かにそうでした。石を置ける場所を判定し、挟んだ石をひっくり返し、勝敗を数える。ひとつひとつは地味ですが、ロジックを整理する感覚が久しぶりに気持ちよかったです。

ただ、作ったオセロを置く場所がありませんでした。

GitHubに上げて終わり、というのも寂しい。かといって、ポートフォリオサイトを作るのも大げさです。

そのころ、昭和の商店街の映像をなんとなく見ていました。夕焼け、看板、提灯、駄菓子屋、路地裏。ああいう景色の中に、小さなゲームが並んでいたら面白いかもしれない。叔母のインベーダーの話も、頭のどこかに残っていました。

それでできたのが「昭和レトロゲーム街」です。

パソコン版の入り口は、こんな感じです。

昭和レトロゲーム街 

作り方は、かなり今っぽいものでした。

まずAIに頼んで、昭和の商店街の背景画像を作ってもらいました。夕焼けの横丁、古い看板、提灯、ラムネ屋の雰囲気。何度かプロンプトを調整して、これだと思える絵に近づけていきました。

そこにHTMLとCSSでゲームカードを並べていきます。魚屋ゲーム堂、電器店前、純喫茶、将棋盤横丁。ゲームの内容と場所を対応させていくのが、地味に楽しかったです。

猫缶仕分けパズルは魚屋の前。ブロック崩しは純喫茶の奥。オセロは将棋盤横丁。シューティングは、少し怪しい電器店前。

ゲーム一覧を作っているというより、商店街に店を入れていく感覚でした。

ゲームのコードは、自分で書いた部分もありますし、AIに相談しながら進めた部分もあります。インベーダー風のシューティングは、叔母の話がきっかけになっています。

76歳の叔母が若いころにハマっていたゲームの記憶を、今の僕がAIと一緒に別の形で作る。昭和のゲームセンターから、令和のAI制作へ。時間だけ見れば遠いのに、画面の中で動く小さなキャラクターを見ていると、意外と地続きなのかもしれないと思いました。

作るうえで気をつけたのは、懐かしさとの距離感です。

昔のゲームには強い魅力があります。ただ、そのまま真似するのではなく、雰囲気だけを借りて、別の遊びにすることを意識しました。落ち物パズルは猫缶をそろえるゲームに。シューティングは昭和の商店街に出てきそうな敵キャラに。

「あれっぽいけど、あれそのものではない」。

そのくらいの距離感が、今回はちょうどいいと思いました。

現在、遊べるゲームは4つです。最終的には8つ置く予定で、残りのゲームも少しずつ作っています。横断歩道チャレンジ、駄菓子屋メンコ、ラムネ瓶キャッチャー、もぐら叩き。全部そろったら、もう少しちゃんと開店した商店街になるはずです。

とはいえ、今の「準備中」の店がある状態も、少し昭和っぽい気がしています。にぎやかな店の隣に、シャッターが半分閉まっている店がある。貼り紙だけ残っていて、中は少し暗い。でも、なんとなく誰かの気配はある。商店街には、そういう場所がありました。

叔母に、このサイトのURLを送ろうかどうか迷っています。

スマホで見られますし、タップで操作もできます。でも76歳の叔母にいきなりゲームサイトのリンクを送りつけるのもどうなのだろう、と思って、まだ送っていません。

もし送ったら、あの人はインベーダーの話をまたしてくれるでしょうか。休日に100円玉を積み上げていた話を、もう少し詳しく聞けるでしょうか。

ゲームを作ったつもりでしたが、もしかすると作っていたのは、昔話をもう一度聞くためのきっかけだったのかもしれません。

よかったら、少しだけ遊んでみてください。

そして、昔ハマったゲームがある人は、こっそり思い出してみてください。

たぶん誰にでも、画面の向こうに置き忘れてきた100円玉がある気がします。

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