瀬戸内に、また夏がやってくる。
島ではできるだけ歩く。そう決めている。車や自転車、島内をめぐる方法はいくつかあるけれど、歩くといろいろなものに出会うし、いろいろなものを見ることができる。車や自転車ほど速くはないし、遠くまで行くことはできないけれど、歩いた分だけ、速度が遅い分だけ、たくさんのものを見られるような気がしている。なにより歩くと、島や島の人たちとなかよくなれる。そういうことを繰り返している間に、それぞれの島に少しずつ大切な人ができて、はじめは島に行くことが目的だったけれど、いまではその人たちに会うために島に通っている。
その人は1時間もあれば歩いて一周できる小さな島に住んでいた。島の歴史や昔話を教えてくれた。コーヒーを淹れてくれたり、おうどんをつくってくれたり。顔を見せるといつも喜んでくれた。
ある日、仕事で島に行ったとき、帰りの船の時間がギリギリだったことと、同行者がいたことから、その人の家のそばを通りつつも、「また今度ゆっくり来よう」と船に飛び乗った。でも、また今度はなかった。島から帰って数日後、その人が亡くなったと聞いた。あのとき、どうして船の時間なんて気にしたんだろう。なぜ、船を一本遅らせてお家に寄らなかったんだろう。顔を見せて「また来るね」の一言だけでもいえばよかった。後悔した。最後にお会いしたとき、別れ際にかけてくれた言葉を思い出しては、また泣いた。「次も寄ってよ」。
その出来事から十数年。わたしはいまも瀬戸内のことを書き続けている。心の中に残るあの日の後悔が消えることはないけれど、いつもそこで待っていてくれたその人との思い出は、少しだけ懐かしい記憶に変わりつつある。また夏がやってくる。
