幸せに生きてきたんだから
夜に眠ってしまうのがこわい。ありったけのブルーライトで瞳を刺して、いつまでも目覚めている身体を保とうとするから、なんか全部が白く乾いたように見えてきて、部屋には私一人しかいない。毎日をただ苦しくて虚しいだけで終わらせたくないのに、かといって夜を延長すれば何かが変わるわけではないこともわかっていて、だけどたぶんわかっていない。早く眠った方がいいと宝石のような目をして言ってくる人は、どんなに鮮やかな今日を生きていたのだろう。今日が終わること、に感じる恐怖をわかってくれるのかな。見覚えのある天井の色。リセットできなくなったゲーム。保温性のない象牙色の布団の質量。緑色のビニール袋。そういえば、前に処方された菱形の薬はまだ残っていたっけ。睡眠薬は、翌朝の気分が最悪だから飲まなくなった。バッテリーが切れたように目を閉じて、また家にやってきた強盗に殺される夢を見て、朝起きると食べていないのに吐き気がする。丸ごとテニスボールを飲みこんだみたいに胃の中が苦しい。鳥になるよりもまず蛇になりたいと思う。申し訳ございません。朝から体調が優れず、本日はお休みをいただきたいです。体調管理ができておらずすみません。ふるえる手で連絡を入れてまたベッドに倒れ込む。窓からは冬の匂いがした。いつまでこうしていたらいい。私は私の臆病なところを好きになれなかった。
生活を変えない、変わらない理由なんて、聞かれても大した答えは用意できていなくて、きっとたくさんあるうちの、一つはたぶん引っ越しができないから、なのかもしれない。明日のために北欧風の家具を買い揃えた私の、あの希望に満ちた顔を曇らせたくない。大きいテレビを持たせてくれた母親を失望させたくない。ただ手続きをする気力もない。物件情報を見てその先の生活なんて考えられない。私の目線は常に眩しい過去を向いていて、あの時の私や家族や友人たちに背を向けたらもう味方なんかどこにもいないような気がしてくるから目を離せない。逃げられない。だから仕事を辞めたら引っ越さないといけないのが無理で無理でどうしようもなくて。ああそうだ。半年前に復職したばかりだし。そもそも辞められないじゃないか。上司に無茶を言って部署異動させてもらって、新しい部署で新しい仕事の手解きを受けて、こんな腐った私のこれからを考えてくれる人がいる状況を、鋭いナイフで切り裂いて捨てられるような私はいないから、いないからこうなっているのに。友人に昔言われた、しょせん高学歴だからね。そうね。なんでもわかる、なんでもできる、だから、それで。それでどうなった。そういった理性的な冷静さと優しさと臆病さがずっと嫌いなのに。パジャマのままで荷物も持たずに、寒空の下に飛び出して、脇目も振らずに前を向いてただひたすらに走って、走って、走って。そんなことできっこないでしょう。やらかい枕を切り裂いて中身を全部ベランダから外に投げてやりたい。もらった花束がキッチンのコンロで燃えていくところを眺めていたい。痺れるほど熱い湯を張ったバスタブに浸かって大声で歌いたい。いつだって私がかわいい、何もしたくない、生きるのがつらい、痛いのは嫌い、迷惑はかけたくない、悔しい、誰にも注目されたくないけど覚えていてほしい、残り続けるのが苦しい。でも生きるしかないから。幸せに生きてきたんだから。これ以上の弱音は許されない。明日になったら、きっと、何事もなかったかのように出勤するんだろう。錠剤のプラシーボ効果だけに頼って。また一つの夜を超えて。乾き切った目から涙は出ない。息継ぎなしの夜が永遠のように長い。
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80万円詐欺られたので、助けてください。