夢見心地
わたしの2025年は! まさに、この『学び』で彩られました。
それは『書き物』『小説の執筆』です。
生まれて初めて小説を書いたのです。
きっかけは、某SNSにわたしがあげていたお花の写真に、業界の方が「イイね」を下さったこと。(ン? この方どなただろう?)とアカウントへ行ってみると、アート作品を募っている会社の方でした。
その中の1つに『小説』というものがあったのです。
わたしは幼い頃からポエムを書いていました。雑誌のお便りコーナーへ投稿すれば、必ずと言って良い程掲載され、自分のセンスを密やかに自負しておりました。
それで、わたしは2025年春から、はりきって書き始めたのです! 小説『様』を……。自分を卑下する訳ではありません。
決して小説とは呼べません。春ごろに書いていたそれらは、明らかに散文詩。
その上『プロット』の重要性も知らず、初めての作品は原稿用紙100枚分、気の赴くままに書いてしまったわたしの作品。
なぞなぞみたいな……暗号のような……不可解な文章でした。
そんなわたしは、それでも執筆する時間が狂おしい程に楽しくて、楽しくて、毎日取り憑かれたように書きまくっていました。今でもそうです。
その内に、わたしの熱に賛同して下さる、わたしの言葉をお気に召して下さる読者さんに出会って行くようになります。
その中のお一人の方から、もらった感想を読み、わたしは感激し、泣きました。
こんな風に書かれていました。
『おもしろい! 読んでいてこちらが嬉しくなるような文章。ただ、大雑把すぎる』
これだけではダメ出しに、心が折れてしまうかもしれません。しかしその方は箇条書きにして、分かりやすく文法の“いろは”をわたしにアドバイスして下さったのです。
こんな人いるでしょうか?!
感動的でした。
わたしは『字下げ』『句点の使い方』『ダッシュや三点の使い方』などをその方から教わったのですよ。ちなみにその方も物書きさんですから、ライバルです。
読まれることで得るわたしの喜び、それは初めは承認欲求のカップに美味しいお水が満たされる事だけだったかもしれない。
でも今は違うのです。
誰かが笑顔になれたかな、はたまた、誰かが泣いてカタルシス出来たかしら、これは社会問題を提起できたんじゃないかな、愉快な気分になって元気を出してくれたかな……?! など、わたしのハートの嬉しさは少しずつ変容していっています。
オーバーにきこえるかも知れないけど、わたしの執筆は『祈り』なのです。まずは自分ありきなので、機嫌よくあれるよう書いているのが大前提。
そのHAPPYが読んだ方に伝わると信じているのです。
今年知ったこの幸せな学びは、この先ず~っと続いて行きそうです。ドキドキ……わくわく!
#今年学んだこと
