#402 三種の神器はどこにある?
「三種の神器(さんしゅのじんぎ)」という言葉を、一度は耳にしたことがある人も多いでしょう。日本神話や天皇家と深く関わる神聖な宝物ですが、「実際にはどこにあるのか?」と聞かれると、知っている人は少ないのではないでしょうか。
本記事では、三種の神器の由来と、それぞれが現在どこにあるのか、さらに「なぜそこに祀られるようになったのか」という歴史的経緯まで含めて紹介します。
1.そもそも三種の神器とは?
三種の神器とは、天皇家に代々受け継がれている三つの宝物のことです。
八咫鏡(やたのかがみ)
草薙剣(くさなぎのつるぎ)
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
これらは日本神話に由来する神聖な宝物であり、古くから天皇の正統性を示す象徴とされてきました。
八咫鏡と八尺瓊勾玉は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が「天の岩戸」にお隠れになった際、外へお出ましいただくための祭りで用いられたとされています。
一方、草薙剣は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した際、大蛇の尾から現れた剣です。当初は「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」と呼ばれていました。
2.「形代(かたしろ)」という考え方
三種の神器を理解するうえで欠かせないのが、「形代(かたしろ)」という概念です。
形代とは、本体に宿る神霊を分けて作られた神器のことです。単なる複製品ではなく、本体と同じ神聖性を持つものと考えられてきました。
そのため、三種の神器には「本体」と「形代」が存在する場合があり、それぞれ別の場所に祀られています。
3.八咫鏡はなぜ伊勢神宮にあるのか?
八咫鏡の本体は、伊勢神宮内宮に祀られているとされています。
現在の伊勢神宮内宮は、天照大御神を祀る日本最高格の神社として知られていますが、最初から伊勢にあったわけではありません。
『日本書紀』によると、もともと八咫鏡は宮中で祀られていました。しかし第10代・崇神天皇の時代、宮中で天照大御神を直接祀ることを「畏れ多い」と考え、皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に命じて宮外で祀るようになったとされています。
その後、各地を巡った末、第11代・垂仁天皇の時代に、倭姫命(やまとひめのみこと)が「この地に祀れ」という神託を受け、伊勢に落ち着いたと伝えられています。
つまり、八咫鏡が伊勢神宮にあるのは、「天照大御神に最もふさわしい鎮座地」を求めた結果なのです。
なお、形代は皇居内の「剣璽の間」に安置されています。
4.草薙剣はなぜ熱田神宮にあるのか?
草薙剣の本体は、熱田神宮にあるとされています。
草薙剣は、景行天皇の皇子・日本武尊(やまとたけるのみこと)と深い関わりがあります。
伝説によれば、日本武尊は東国征伐の際、敵によって野原に火を放たれ窮地に陥りました。しかし、持っていた天叢雲剣で草を薙ぎ払い、向かい火を起こして難を逃れます。この出来事から、「草薙剣」という名前で呼ばれるようになりました。
その後、日本武尊は尾張国へ戻り、妃である宮簀媛命(みやすひめのみこと)に剣を託します。そして尊が亡くなった後、その剣をご神体として祀ったのが熱田神宮の始まりだとされています。
つまり、草薙剣が熱田神宮に祀られているのは、日本武尊ゆかりの地だったためです。
ただし、草薙剣には有名な逸話があります。1185年の壇ノ浦の戦いで、安徳天皇とともに海へ沈んだという話です。
『平家物語』などでは、神器の一部が失われたと語られていますが、その後「剣は戻った」「沈んだのは形代だった」など諸説あります。現在でも真相は明らかになっておらず、日本史最大級のミステリーの一つとなっています。
なお、形代は皇居の剣璽の間に安置されています。
参考:熱田神宮について
5.八尺瓊勾玉はなぜ皇居にあるのか?
八尺瓊勾玉は、三種の神器の中で唯一、本体が現在も皇居にあるとされています。
この勾玉は、天孫降臨の際に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)へ授けられ、その後、皇位とともに受け継がれてきたと伝えられています。
鏡が伊勢神宮、剣が熱田神宮へ移されたのに対し、勾玉は歴代天皇のそばで継承され続けてきました。そのため、現在も皇居内の「剣璽の間」に安置されています。
また、鏡や剣とは異なり、八尺瓊勾玉については明確な「形代」の存在が確認されていません。
天皇の即位儀式である「剣璽等承継の儀」では、この八尺瓊勾玉が実際に用いられているとされています。ただし、神器は極めて神聖な存在であるため、一般公開されることはありません。
6.実物を見た人はいるのか?
実は、三種の神器は極めて神聖な存在とされており、基本的に人目に触れないよう厳重に扱われています。
歴代天皇ですら直接見ていないと言われており、その詳細は現在でも謎に包まれています。
しかし、だからこそ三種の神器は単なる「宝物」ではなく、日本神話と皇室、そして古代から続く信仰そのものを象徴する存在として、現代まで受け継がれているのです。
