#473 近畿の「畿」の字はどんな意味?~地名に残る古代日本の都~
「近畿地方」と聞くと、
大阪・京都・奈良・兵庫・滋賀・和歌山・三重
あたりを思い浮かべる人が多いでしょう。
では、この「近畿」という名前の「畿」とは、どんな意味なのでしょうか。
実は、この一文字には古代日本の都と天皇を中心とした政治の仕組みが隠されています。
普段何気なく使っている「近畿」という地名は、日本の歴史を今に伝える言葉だったのです。
「畿」とは「都のまわり」という意味
「畿(き)」とは、
天皇が住む都の周辺地域
を意味する漢字です。
古代中国では、都の周辺を特別な地域として区別していました。
日本も律令国家が整えられる中で、この考え方を取り入れます。
奈良時代や平安時代には、
平城京(奈良)
平安京(京都)
の周囲一帯が**「畿内(きない)」**と呼ばれました。
つまり、「畿」は単なる地名ではなく、
「都を中心とした特別な地域」
という意味を持っていたのです。
「近畿」は「畿」に近い地域
では、「近畿」とは何でしょうか。
文字通り考えると、
「畿」に近い地域
という意味になります。
もともと日本では、
畿内
東海道
東山道
北陸道
山陰道
山陽道
南海道
西海道
からなる「五畿七道(ごきしちどう)」という行政区分が設けられていました。
その中心にあったのが「畿内」です。
現在の近畿地方は、この畿内とその周辺地域を含む範囲として定着していきました。
つまり、「近畿」という言葉は、「京都に近いから」という現代的な感覚で付けられた名前ではなく、1300年以上前の行政制度に由来しているのです。
「畿内」は現在のどこ?
畿内に含まれていたのは、
山城国(京都府南部)
大和国(奈良県)
河内国(大阪府東部)
和泉国(大阪府南西部)
摂津国(大阪府北部・兵庫県南東部)
の五つの国でした。
なお、制度が始まった当初は和泉国はまだ存在せず、後に河内国から分かれて加わりました。
現在の「近畿地方」は、この畿内に加え、
滋賀県
兵庫県
和歌山県
三重県
などを含む地域として考えられています。
つまり、
近畿地方=畿内
ではありません。
畿内を中心に広がる地域全体を指す言葉なのです。
海外向けには「Kansai」が使われることも増えている?
近年、海外向けの観光案内や国際的なイベントでは、「近畿(Kinki)」よりも「Kansai(関西)」という表記を目にする機会が増えています。
その理由の一つが、英語の「kinky」という単語です。
この単語には、「変わった性的嗜好」や「変態的」といった意味があり、「Kinki」というローマ字表記が英語話者にそれを連想させる可能性があるためです。
もちろん、日本語の「近畿」と英語の kinky はまったく関係のない言葉です。
しかし、海外の人に誤解や違和感を与えないよう、
Kansai International Airport(関西国際空港)
Kansai Tourism Bureau(関西観光本部)
など、海外向けには「Kansai」という名称が積極的に使われています。
一方で、日本国内では、
近畿地方
近畿大学
近畿日本鉄道(近鉄)
など、「近畿」という名称は現在も広く使われています。
つまり、「近畿」という歴史ある地域名を残しながら、海外では「Kansai」を使い分ける動きが広がっているのです。
「関東」と比べると違いが分かる
「近畿」と並んでよく使われる地域名が「関東」です。
こちらも古代の制度に由来しています。
「関東」は、
関所(せき)の東側
という意味です。
古代には、
不破関(現在の岐阜県)
鈴鹿関(現在の三重県)
愛発関(現在の福井県)
という三つの重要な関所が置かれていました。
これらの関より東側が「関東」、西側が「関西」と呼ばれるようになります。
つまり、
近畿…都との位置関係から付けられた名前
関東・関西…関所を基準に付けられた名前
という違いがあります。
普段何気なく使っている地域名にも、それぞれ異なる歴史的背景があるのです。
おわりに
「近畿の『畿』って何?」
その答えは、
「都のまわり」という意味でした。
古代日本では、天皇が住む都の周辺を「畿内」と呼び、その周囲の地域が現在の「近畿地方」へとつながっていきました。
そして近年では、海外向けには「Kansai」という呼び方が使われることも増えています。
一つの地域名にも、古代の歴史と現代の国際社会の両方が映し出されているのです。
地図帳で見慣れた「近畿地方」という言葉も、その由来をたどると、1300年以上前の律令国家の仕組みへとつながっています。
社会科では、こうした地名の意味に注目してみると、歴史と地理がつながる面白さを感じられるかもしれません。
【目次】
