#487 ナウマンゾウが東京都心を歩いていた?
「ナウマンゾウ」と聞いて、どこを思い浮かべますか?
社会科や理科の授業で習った人なら、「長野県の野尻湖」を思い浮かべるかもしれません。
野尻湖はナウマンゾウの化石が大量に発見され、旧石器時代の人々との関係まで研究されている、日本を代表するナウマンゾウの発掘地です。
しかし、ナウマンゾウは野尻湖だけにいたわけではありません。
北海道から九州まで、日本各地で化石が見つかっています。
そして、驚くことに東京の都心部からも、まとまった化石が発見されています。
今では高層ビルや地下鉄が走る東京の街。
そこにはかつて、ナウマンゾウが歩いていた時代があったのです。
ナウマンゾウとは?
ナウマンゾウは、およそ約30万~2万年前ごろまで日本列島などに生息していたゾウです。
学名は「Palaeoloxodon naumanni」。
「ナウマン」という名前は、日本の地質調査などに携わったドイツ人地質学者、エドムント・ナウマンに由来しています。
現在のゾウよりやや小型で、額が大きく盛り上がった特徴的な姿をしていました。
当時の日本は、現在とは大きく異なる環境でした。
氷河時代には海面が現在より大幅に低下していました。そのため、現在は海に隔てられている地域の一部が陸続きになったり、海峡が現在より狭くなったりしていました。
こうした環境の中で、ユーラシア大陸から大型動物が日本列島へ移動してきたと考えられています。ナウマンゾウも、そのようにして日本列島に渡ってきた動物の一つです。
実際、ナウマンゾウの化石は野尻湖だけでなく、北海道から九州まで日本各地から発見されています。
千葉県印旛沼、神奈川県藤沢市、そして東京都日本橋浜町などでは、まとまった化石が見つかり、骨格の復元も行われています。
つまり、
「ナウマンゾウ=野尻湖」ではなく、「野尻湖が特に有名なナウマンゾウの発掘地」なのです。
なぜ野尻湖が有名なのか?
では、なぜ学校の授業では「ナウマンゾウといえば野尻湖」というイメージが強いのでしょうか。
その理由の一つが、野尻湖で非常に大規模な発掘調査が行われてきたことです。
野尻湖でナウマンゾウの臼歯が発見されたのは1948年でした。
その後、1962年に第1次野尻湖発掘が始まり、ナウマンゾウやヤベオオツノジカの化石が次々と発見されました。
しかも、野尻湖の発掘で分かったのは、単に「昔、ここにゾウがいた」ということだけではありません。
ナウマンゾウの骨だけでなく、石器や骨器、動物の足跡なども発見されています。
そのため、当時の自然環境だけでなく、旧石器時代の人々がどのようにナウマンゾウなどの動物と関わっていたのかという研究にもつながりました。
1960年代から現在に至るまで、市民も参加する大規模な発掘調査が続けられてきたことも、野尻湖が全国的に知られるようになった理由でしょう。
つまり、野尻湖は「ナウマンゾウがいた場所」というだけではありません。
ナウマンゾウと、それを取り巻いていた数万年前の環境や人々の暮らしまで調べられる場所だったのです。
東京の地下からナウマンゾウが見つかった?
では、東京ではどうでしょうか。
東京にもナウマンゾウはいました。
その代表的な例が、日本橋浜町で発見された「浜町標本」です。
1976年、都営地下鉄新宿線の建設工事が行われていたときのことでした。
地下約22mの場所から、ナウマンゾウの化石が発見されたのです。
しかも、見つかったのは一部分だけではありません。
調査の結果、3頭分の化石が確認され、そのうちの標本は頭骨や体幹、四肢などがまとまって発見されました。
現在の浜町駅周辺といえば、東京の中心部です。
地上には道路やビルがあり、地下には地下鉄が走っています。
そんな場所から、数万年以上前に生きていた巨大なゾウの骨が出てきたのです。
私たちが現在「東京」と呼んでいる場所も、昔から今の「大都市東京」だったわけではありません。
地球の長い歴史で見れば、現在の東京の街並みはほんの一瞬の姿なのです。
なぜ地下鉄の工事で化石が見つかるのか?
現在の東京の街を歩いていると、地面の下にどのような世界が広がっているのかを意識することはほとんどありません。
しかし、地下深くまで掘ってみると、そこには現在とは全く違う環境の痕跡が残されています。
浜町標本が見つかった場所では、ナウマンゾウが生きていた時代の堆積物が残されていました。
近年の研究では、浜町標本に付着していた堆積物から珪藻や花粉の化石を分析することで、当時の環境まで推定されています。
その結果、ナウマンゾウがいた場所は、満潮時には海水に覆われる低い湿地のような環境だったと考えられています。
現在の日本橋浜町からは、なかなか想像できません。
しかし、数万年以上という時間をさかのぼれば、そこにはビルも道路も地下鉄もありませんでした。
そこに広がっていたのは、ナウマンゾウが生きていた自然環境だったのです。
ナウマンゾウが歩いた東京
「東京にナウマンゾウがいた」と聞くと、少し不思議な感じがします。
銀座や日本橋、東京駅周辺といった現在の東京の中心部は、私たちにとっては日本を代表する大都市です。
ところが、地球の歴史という長い時間軸で見ると、そこもまた自然環境の一部でした。
そして、その地下には、当時の環境を伝える化石が眠っています。
東京の地下鉄工事によって発見された浜町標本は、そのことを具体的に教えてくれる存在です。
野尻湖で発見されたナウマンゾウの化石は、「数万年前の日本」を考える手がかりになりました。
一方、東京で発見された化石は、「現在の大都市も、かつてはまったく違う自然環境だった」という事実を私たちに教えてくれます。
普段何気なく歩いている街の地下にも、何万年、何十万年という時間の痕跡が残っている。
そう考えると、いつもの東京の風景も少し違って見えてきます。
今の東京の街ができるはるか昔、この地域を含む関東の大地にはナウマンゾウが生きていました。
「東京の地下には、昔の東京が眠っている。」
ナウマンゾウの化石は、そんな地球の歴史を身近に感じさせてくれる存在なのです。
【参考文献】
【目次】
