#425 「南無阿弥陀仏」ってどんな意味?
お葬式や法事で、
「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」
という言葉を耳にしたことがある人は多いでしょう。
また、漫画や時代劇などでも登場するため、日本人にとって非常になじみ深い言葉です。
しかし、
「南無阿弥陀仏ってどういう意味?」
と聞かれると、意外と答えられない人も多いのではないでしょうか。
中には、
「お坊さんが唱える呪文のようなもの」
と思っている人もいるかもしれません。
では、南無阿弥陀仏とは一体どのような意味を持つ言葉なのでしょうか。
「南無阿弥陀仏」は仏の名前ではない
まず誤解されやすいのが、
「南無阿弥陀仏」が仏様の名前だと思われていることです。
実はそうではありません。
「南無阿弥陀仏」は、意味としては「南無」と「阿弥陀仏」に分けられます。
「阿弥陀仏(あみだぶつ)」は、西方極楽浄土にいるとされる仏で、多くの人々を救う存在として信仰されてきました。
「南無」とは、古代インドの言葉であるサンスクリット語の
「ナマス(namas)」
に由来した言葉です。
実は、この「ナマス」はインドの挨拶「ナマス・テー」の語源にもなっています。インドの人が合唱して「ナマス・テー」とあいさつする様子は思い浮かぶのではないでしょうか。
「ナマス・テー」の「ナマス」には、「あなたに敬礼します」という意味があります。
この「ナマス」が、「南無阿弥陀仏」の「南無」なのです。
仏教用語としての「ナマス」には、
・「帰依します」
・「敬います」
・「お任せします」
といった意味合いがあります。
つまり、
「南無阿弥陀仏」
とは、
「阿弥陀仏に帰依します」
という意味になるのです。
「助けてください」という意味でもある
ただし、これだけでは少し分かりにくいかもしれません。
現代風に言い換えると、
「阿弥陀仏を信じます」
あるいは、
「阿弥陀仏に救いを求めます」
という意味に近いと言われています。
浄土教では、人間は誰しも煩悩を持っており、自分の力だけで悟りを開くことは難しいと考えます。
そこで、
「阿弥陀仏の力によって救われる」
という考え方が生まれました。
つまり南無阿弥陀仏は、
「どうか救ってください」
という祈りであると同時に、
「私はあなたを信じています」
という信仰の表明でもあるのです。
なぜ「南無阿弥陀仏」は日本中に広まったのか?
現在、多くの日本人は、意味は知らなくとも「南無阿弥陀仏」という言葉は知っている、もしくは聞いたことがあると思います。
「南無阿弥陀仏」という言葉が民衆に広まったのは、平安時代後半から鎌倉時代にかけてでした。
そのきっかけを作った人物の一人が平安時代の僧・空也(くうや)です。
空也は京都の町や市場を歩きながら、人々に向かって南無阿弥陀仏を唱えることを勧めました。
当時の仏教は貴族や寺院を中心としたもので、庶民にとっては決して身近な存在ではありませんでした。
しかし空也は、難しい経典や学問ではなく、
「南無阿弥陀仏と唱えればよい」
という分かりやすい教えを広めたのです。
そのため空也は「市聖(いちのひじり)」とも呼ばれています。
源平合戦を経て、人々が戦乱に疲れた中登場したのが法然や親鸞です。
特に法然は、
「難しい修行をしなくても、南無阿弥陀仏と唱えれば救われる」
と説きました。
それまでの仏教は、学問や修行が重視される傾向がありました。
しかし、農民や庶民にとっては難しいものでした。
その点、
「南無阿弥陀仏を唱える」
という教えは非常に分かりやすく、多くの人に受け入れられたのです。
「南無阿弥陀仏」が日常語になった理由
南無阿弥陀仏は、もはや宗教の世界だけで使われている言葉ではありません。
日常的に使うことは少ないかもしれませんが、アニメや歴史ドラマ、救いを求める際のジョークとして使われることはしばしばあるかと思います。
本来は信仰を表す言葉ですが、日本では長い歴史の中で日常的なものへと変化していきました。
これは、それだけ浄土教の影響が大きかったことを示しています。
日本人の多くは自覚していませんが、仏教由来の言葉は今でも数多く日常生活の中に残っています。
例えば、
・「他力本願」
・「往生する」
・「道楽」
・「玄関」
・「老婆心」
なども、もともとは仏教に由来する言葉です。
私たちは普段、こうした言葉を宗教とは意識せずに使っています。
それだけ仏教は長い時間をかけて日本人の生活や価値観の中に溶け込んできたのです。
南無阿弥陀仏という言葉も、その代表例と言えるでしょう。
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