#311 足軽とはどんな人たち?
戦国時代に戦の主役となった「足軽」とはどんな人たちのことだろうか。
足軽の名前の由来は、「歩行が素早い歩兵」という意味で、兜や重い甲冑を身につけていなかったため実際にフットワークが軽かった。
また、「忠誠心が低い」「すぐ逃げる」といた意味も含まれていたという説もある。
教科書に載っている『真如堂縁起』には、足軽が寺院で略奪をしている様子が描かれている。『真如堂縁起』は以下の番組で詳しく紹介されている。
縁起の原文には、「西軍の諸軍勢中に乱入、講堂・坊舎等陣屋のために破り取りし程に、暫く荒野に成りしなり」と書いてある。
「西軍」は応仁の乱の山名氏側の軍勢を指している。原文の意味をざっくり言うと、西軍の軍勢がお寺の中に乱入し、陣をつくるために略奪を行ったということだ。
足軽とは、大名が戦の際に臨時に雇った兵士のことである。
応仁の乱が始まる前は、干ばつなどで農民の生活が苦しくなった。
農民たちは生活を維持するために、兵士として臨時の収入を得た。
臨時で雇われる兵士の中には武将の指示を守らない者も多かった。
兵糧も不足していたことから、足軽たちは略奪をして戦いの対価を得る場合もあった。
縁起に描かれている足軽の略奪はそのような理由で行われていたのである。
戦国時代が進むにつれ、長槍隊や弓足軽隊、鉄砲足軽隊が編成され、長篠の戦をはじめさまざまな戦いで活躍した。
鎌倉時代は武士の戦は個人戦だったが、戦国時代には次第に足軽を中心とした集団戦法が常識となり、足軽の存在感が増していった。
足軽はそれまでの「無法者集団」から「訓練された軍隊」へと変わっていったのだ。
兵農分離が進んで武士と農民の身分が別れた後、江戸時代にはかなり低い地位ではあったが足軽は正式な武士身分となり、身分を世襲するものもいたという。
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【参考】
