#54 終戦の日は8月15日ではない?
8月15日が終戦記念日だというのは日本人にとっては常識である。
しかし、世界的に見ると第二次世界大戦の終戦は8月15日ではない。多くの国では、9月2日もしくは9月3日を第二次世界大戦の終戦としている。
9月2日は、アメリカの戦艦であるミズーリ号の艦上で、日本側の代表だった重光葵外相が降伏文書に調印した日である。この時はじめて公式に日本が降伏をしたため、世界では9月2日を終戦ととらえており、その翌日である9月3日を記念日として祝う国もある。
では、8月15日は何があった日かというと、昭和天皇がラジオ放送で国民に降伏を伝えた日である。テレビが一般的でなく、神とされていた天皇がラジオに出演したこともなかったため、多くの国民が昭和天皇の声を初めて聴いたという。天皇自らが国民に降伏を伝えたというのは、国民にとって大きすぎる衝撃だった。公式の手続きは一切行われなかったこの日が現在に至るまで終戦記念日とされていることからも、天皇の持つ影響力がわかる。
また、日本と同じように8月15日を節目ととらえている国もあり、イギリスは8月15日を対日戦勝記念日、日本の植民地だった韓国では光復節(主権が回復した日)としている。
この日本と世界との認識の違いが北方領土問題にも影響している。北方領土は、8月28日~9月5日にかけてソ連軍の侵攻により占領された。28日に択捉島、1日に国後島、5日に歯舞群島と色丹島である。日本からすれば降伏をしているのに侵略してくるとは何たることだとなるのだが、ソ連(ロシア)からすると、2日までは戦争は終わっていない。北方領土は戦争で勝ち取った領土だとなるのだ。そのため、2日以降に占領した歯舞群島と国後島に関してはソ連側がかなり譲歩した歴史がある。日本とソ連が国交を回復した1956年の日ソ共同宣言では、「歯舞群島及び色丹島については、平和条約の締結後、日本に引き渡すこと」という記載がある。いつか日本とソ連が平和条約を結んだら、その2つは返すよと言っているのだ。
日本は一貫して北方領土は日本固有の領土だと主張しているし、ロシアもクリミア半島の併合やウクライナ戦争の影響で北方領土に対する態度を硬化しているため、2島返還という譲歩はお互いに極めて難しくなってしまった。
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