#431 なぜ世界最古の法律は「目には目を」だった?
「目には目を、歯には歯を」
という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。
学校の世界史で学ぶハンムラビ法典の有名な一節です。
この言葉を聞くと、
「昔の人は残酷だった」
「復讐を認める野蛮な法律だった」
という印象を持つかもしれません。
しかし実は、この法律は当時としては非常に画期的なものでした。
むしろ、人々の復讐を制限するためにつくられた法律だったとも言われているのです。
なぜそんな法律が必要だったのでしょうか。
今回は、世界最古級の法律であるハンムラビ法典を通して、法律が生まれた理由を考えてみたいと思います。
ハンムラビ法典とは?
ハンムラビ法典は、約3800年前のメソポタミア文明で作られた法律です。
現在のイラク周辺に存在したバビロニア王国の王、ハンムラビによって制定されました。
石碑には約280条の法律が刻まれており、
・財産トラブル
・結婚や離婚
・商取引
・犯罪と罰則
などについて細かく定められていました。
人類最古の法律ではありませんが、ほぼ完全な形で残っている世界最古級の法典として有名です。
その中で特に知られているのが、
「目には目を、歯には歯を」
という規定です。
「目には目を」は復讐を認める法律だったのか
現代人の感覚では、
「相手にやられたら同じことをやり返してよい」
という意味に聞こえます。
しかし実際には少し違います。
当時の社会では、被害を受けた側が自分で復讐することが珍しくありませんでした。
例えば誰かに目を傷つけられたとします。
すると被害者の家族が相手を殺してしまうこともありました。
さらに今度は殺された側の家族が報復を行う。
こうして復讐の連鎖が続いてしまうのです。
そこでハンムラビ法典は、
「目を傷つけられたなら目まで」
「歯を折られたなら歯まで」
と定めました。
つまり、
やり返してよい
という法律ではなく、
やり返すとしても被害以上は許さない
という法律だったのです。
なぜそんな法律が必要だったのか
その背景には国家の誕生があります。
メソポタミア文明では都市が発展し、多くの人が集まって暮らすようになりました。
すると、
・土地の争い
・商売のトラブル
・犯罪
も増えていきます。
しかし、すべてを個人同士の復讐に任せていては社会が不安定になります。
そこで王は、
「争いのルールを決める」
必要に迫られました。
つまり法律とは、
正義を語るため
というよりも、
社会を安定させるため
に生まれたのです。
実は身分によって罰が違った
ただし、ハンムラビ法典は現代の法律のように平等ではありませんでした。
例えば、自由民と奴隷では罰則が異なりました。
自由民の目を傷つけた場合は同じ傷を負いますが、
奴隷に対して同じことをした場合は金銭賠償で済む場合もありました。
つまり、
「すべての人は法の下に平等」
という現代の考え方はまだ存在していなかったのです。
その意味では、現代の法律とは大きく異なります。
しかし一方で、
権力者であっても法律に従うべきだ
という発想の原型を見ることもできます。
現代の法律にも残る考え方
実は、
「目には目を」
という考え方そのものは現代にも残っています。
もちろん現在の日本では被害者が直接復讐することは認められていません。
しかし、
犯した罪に応じた罰を与える
という考え方は共通しています。
例えば、
万引きと殺人が同じ刑罰
では誰も納得しません。
犯罪の重さに応じて刑罰の重さも変える。
これは法律の基本原則です。
ハンムラビ法典も、
被害に見合った処罰
を目指していた点では、現代の法律につながる部分があるのです。
「野蛮な法律」ではなく「法律の始まり」
私たちは、
「目には目を、歯には歯を」
という言葉だけを見ると、
昔の人は残酷だった
と思ってしまいます。
しかし当時の状況を考えると、それは無制限な復讐を防ぐためのルールでもありました。
人類は長い歴史の中で、
復讐によって秩序を保つ社会から、
法律によって秩序を保つ社会へと変化していきました。
ハンムラビ法典は、その大きな転換点の一つだったのです。
世界最古級の法律を知ることは、
「なぜ私たちは法律に従うのか」
という現代社会の根本を考えることにもつながるのかもしれません。
【目次】
【参考】
