#278 アッラーを信仰するキリスト教徒がいる?

「アッラー」と言えば、イスラム教における神である。
サウジアラビアの国旗に「アッラーは唯一の神である」と書かれているように、イスラム教においてアッラーは唯一神とされている。

そんなアッラーを信仰しているキリスト教徒が存在する。
一体どういうことなのだろうか。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、実は同じ神を信仰している。
これらの宗教は、神の言葉をまとめたとされる聖典を重視し、神の教えを守ろうとする。

ユダヤ教では聖書(キリスト教からすると旧約聖書)、キリスト教では新約聖書、イスラム教ではコーランである。

これらの聖典は、預言者が神の言葉を聞き、それをまとめたものだとされている。代表的な預言者は、旧約聖書ならモーセ、新約聖書ならイエス、コーランならムハンマドだ。おそらくどれも聞いたことがある人物ではないだろうか。

それぞれの宗教では、どの預言者の言葉に重きを置くか、あるいは否定するかが違うだけで、本質的には同一の神を信仰している。

では、なぜ同じ神なのに呼び方が違うのだろうか。一言で言うと「言語が違うから」だ。

日本語で言うところの神(唯一神)を、英語では「God」、アラビア語では「アッラー」、ヘブライ語では「ヤハウェ」と呼ぶ。

教科書でそれぞれ違う名前で登場すると、あたかも違う神を信仰しているような印象を受けるのだが、実は言語が違うだけで同じ神を表わしているのだ。

では、アッラーを信仰するキリスト教徒どはどんな人々なのか。
アラビア語圏では、神のことを「アッラー」と呼ぶ。つまり、アラビア語圏でキリスト教を信仰している人々が、キリスト教徒だが神のことを「アッラー」と呼ぶのである。

具体的には、アラビア語圏のシリアやレバノン、エジプトなどでキリスト教を信仰している人々が、神のことを「アッラー」と呼んでいる。

また、イスラム教圏のマレーシアでは、少数派のキリスト教徒がマレー語で書いた文章で「アッラー」の呼び方を使っているとして、裁判でキリスト教徒が神を「アッラー」と呼ぶことを禁止した。

判決は現地のイスラム教徒から称賛される一方、「アッラー」の呼称を禁止されたキリスト教徒からは、信教の自由の侵害として批判の声があがっている。

多神教の日本では神の呼び方にこだわりを持たない人が多いが、「唯一神」を信仰する人々にとっては神の呼び方は大きな問題なのである。

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【参考】


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