Photo by
aide_tsumugu
和の色はなぜ写真に写りにくいのだろう
着物の写真を撮るたびに思うことがあります。
「この色じゃないのにな。」
画面の中の着物を見ながら、そうつぶやくことがよくあります。
実物はもっと柔らかい。
もっと深い。
もっと美しい。
なのに写真になると、その微妙な色合いがどこか消えてしまうのです。
不思議なことに、洋服ではあまりそう感じません。
赤は赤。
青は青。
比較的そのまま写ります。
けれど着物の色は違います。
例えば、
薄い藤色。
灰桜。
鳥の子色。
利休鼠。
どれも一言では表せない色です。
紫でもない。
灰色でもない。
桃色でもない。
いくつもの色が重なり合っています。
日本の伝統色を見ていると、境界線が曖昧です。
白に少しだけ桜色が混ざる。
灰色にほんの少し緑が入る。
青の中に紫が潜んでいる。
だから写真やスマートフォンは迷うのかもしれません。
これは何色なのだろう、と。
考えてみれば、日本人の感性そのものに少し似ています。
白か黒か。
右か左か。
はっきり分けるのではなく、
その間にあるものを大切にする。
春と夏の間。
昼と夜の間。
晴れと雨の間。
そんな曖昧な時間や景色に美しさを見つけてきました。
和の色も同じなのかもしれません。
だから写真に写りにくいのではなく、
本来、ひと言では表せない色なのでしょう。
画面越しでは伝わりきらない。
けれど実際に見ると心が動く。
私はそこに着物の面白さを感じます。
便利な時代になりました。
スマートフォンで簡単に写真を撮れます。
それでも和の色は、写真だけでは伝わりきらない何かを残しています。
その場の光や空気まで含めて味わうことで、はじめて見えてくる美しさがあるのかもしれません。

