8.「今年ダメかも」と思ったときに読む話
この記事は、調子のいい日には読まなくていい
ここまでの連載は、学習計画や時間配分といった技術論でした。今回から数本は、メンタルの話をします。その初回として、直前期の受験生が必ず一度は囚われる、あの感覚について書きます。
「今年、ダメかもしれない」。
模試の判定が悪かった日。仕事が忙しくて1週間ほとんど勉強できなかった日。何度も間違えた過去問を、また間違えた日。SNSで他の受験生の進捗を見てしまった夜。——きっかけは何であれ、この感覚は直前期のどこかで、ほぼ全員を訪れます。
先に言っておきます。この記事に、根拠のない励ましは書きません。「大丈夫、きっと受かる」とは私には言えません。私が書けるのは、複数回の不合格を経て合格した人間として、「ダメかも」という感覚の正体と、その感覚を抱えたまま走り続ける技術です。
「ダメかも」は実力の低下ではなく、解像度の上昇です
まず、この感覚がいつ生まれるかを思い出してください。学習を始めたばかりの9月に「今年ダメかも」と思う人はいません。この感覚は、勉強が進んだ人にしか訪れない。
理由は単純です。学習の初期は、自分が何を知らないかを知りません。試験の全体像も、自分の穴の位置も見えていない。だから不安も漠然としています。ところが学習が進むと、試験範囲の広大さと、自分の知識の穴が、正確に見えるようになる。「ダメかも」は、実力が下がったサインではなく、自分の現在地を測る解像度が上がったサインです。
言い換えれば、この感覚を抱いている時点で、あなたは間違いなく前進しています。何も見えていなかった頃より、確実に合格に近い場所にいる。まずこの認識の転換から始めてください。感覚の辛さは変わらなくても、感覚の「意味づけ」を間違えないことが、撤退という最悪の判断を防ぎます。
脳は直前期に「最悪のシナリオ製造機」になる
もう一つ、知っておくと楽になる仕組みの話をします。
締切が近づくと、人間の脳は防衛的になります。失敗の可能性を先回りして検出しようとする——これは危険を回避するための正常な働きです。問題は、この働きが過剰になると、中立的な情報をすべて悪い兆候として解釈し始めることです。
模試のC判定は「不合格の予告」に見える。講師の「ここは難しい」という一言は「自分には無理」に聞こえる。1日の学習が計画より30分短いと「もう間に合わない」に膨らむ。——冷静なときなら「判定は判定、まだ2か月ある」と処理できる情報が、直前期の脳では最悪のシナリオの材料になります。
対処法は、感情と事実を分けて記録することです。私が受験生時代にやっていたのは、不安が膨らんだ夜に、ノートの左側に「感じていること」、右側に「事実」を書き分ける作業でした。左に「もう間に合わない気がする」、右に「年金の過去問正答率は先月55%→今月62%」。書いてみると、感情が事実より常に悲観側に偏っていることが、自分の字で確認できます。感情を否定する必要はありません。感情の隣に事実を置くだけで、判断の主導権は戻ってきます。
「間に合わない」の計算は、たいてい間違っている
「ダメかも」の具体的な中身は、多くの場合「残り時間で全部は仕上がらない」という計算です。しかしこの計算には、ほぼ必ず2つの誤りが含まれています。
誤り①:全部仕上げる必要があるという前提。この試験の合格ラインは、択一で7割前後です。言い換えれば、3割落としても受かる試験です。あなたの弱点マップに残っている「まだ不安な論点」の中には、捨てても合否に影響しない細部が必ず含まれています。間に合わせるべきは全範囲ではなく、合格ラインまでです。
誤り②:直前期の伸びを、これまでのペースで見積もっている。知識は線形には伸びません。全科目が2周、3周と重なった直前期には、バラバラだった知識が横につながる局面が来ます。昨日まで解けなかった問題が、横断整理の1枚で一気に解けるようになる。複数回受験した私の実感として、最後の1か月の伸びは、それまでの3か月分に匹敵します。7月の自分の完成度から8月末を予測すること自体が、統計的に誤りなのです。
それでも撤退を考え始めたら:判断を「試験後」に予約する
ここまで読んでも、「今年は記念受験にして、来年に懸けた方が…」という考えが浮かぶ日はあると思います。
その判断について、一つだけお願いがあります。撤退の判断は、本試験が終わった後に予約してください。直前期の脳は、前述のとおり悲観に偏った測定器です。偏った測定器で人生の判断を下すべきではありません。「撤退するかどうかは9月に考える。8月までは考える権利がない」と、判断自体を先送りする。これは逃げではなく、判断の品質管理です。
そしてもう一つ、現実的な事実を。選択式の科目基準点には救済がありえること、合格ラインが年度により動くこと——この試験は、自己評価で「ダメだった」と思った人が受かることが珍しくない試験です。合格発表の日、自分の受験番号を見つけて呆然とする人が、毎年一定数いる。途中で降りた人には、その可能性がゼロになります。最後まで席に座っていること自体が、この試験では実力の一部です。
私の話を少しだけ
私は、この試験に7回落ちています。
不合格の年の直前期にも、「ダメかも」は毎年来ました。そして合格した年の直前期にも、同じように来ました。何が違ったかといえば、実力の差はもちろんありますが、それ以上に、「ダメかも」が来ても学習を止めなくなったことです。落ちた年の私は、不安になると計画を組み直したり、教材を見直したり、勉強の「準備」に逃げていました。合格した年の私は、不安なまま、決めた過去問を回していました。
不安は消えません。消そうとしなくていい。不安と学習は、同時に存在できます。「不安だから勉強が手につかない」のではなく、「不安のまま、手だけ動かす」。この順番の入れ替えが、私がこの試験から学んだ、いちばん大きなことかもしれません。
おわりに
「今年ダメかも」と思ったあなたへ。その感覚は、進んだ者にしか見えない景色です。感情の隣に事実を置き、間に合わせる範囲を合格ラインまでに絞り、撤退の判断は9月に予約する。そして今日の分の過去問を、不安のまま、回してください。
8月の試験会場で、最後まで席に座っていた人だけが、あの合格発表の画面を見る資格を持ちます。
次回は「模試の判定が悪くても撤退しなくていい理由」。今回の話を、模試という具体的な場面に落として書きます。
