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今年こそは日記を書くぞ!『いつでも日記』/ドラえもん名作劇場⑥

皆様、日記付けてますか?

かくいう私は、子供の頃、藤子A先生の名作「まんが道」(藤子不二雄ランド版)に掲載されていた「青春日記」に影響されて、一度だけ日記をつけ始めたことがある。

どうせ始めるなら1月1日からと思っていたが、日記の大ベテランである母親から、思いついた日から日記を始めると長続きするという助言があり、なるほどと思い、冬休みに入ってすぐに日記をつけ始めた。

この後に出てくるのび太の日記同様、書き始めた日は長文になるのだが、日を追うごとに書く分量が減っていく。

毎日変わった出来事があるわけではないので、書くネタにも困ってくるし、毎日同じことを書いていても仕方がないと思って筆が進まなくなる。

よって、僕の日記もある程度粘ったのだが、3月くらいには書くのを止めてしまった。のび太よりはマシだが、三日坊主に毛が生えた程度であり、まあ似たり寄ったりと言えるだろう。

ちなみにこの時の日記は、物持ちの良い母親が保管しておいたようで、その20年後に発掘され、結婚したての妻に読まれ大爆笑をされることになる。

さらにちなみに言うと、うちの母親はもう50年以上も日記を書き続けていて、その継続力には身内ながらとても感心する。コツは、書くことがない日は無理に書かないことらしい。

肩肘張らずに、書きたいことがあれば書くという柔軟な姿勢。なるほど、noteの継続にも役立ちそうなスタンスである。


さて、そんな余談はともかく、2025年の新年一発目のレビューということで、お正月に関係する「ドラえもん」のエピソード『いつでも日記』を取り上げる。

今年こそは日記をつけたい、もしくはnoteを毎日書きたいという人は必読(?)のお話と言えるだろう。


『いつでも日記』
「小学三年生」1972年2月号/大全集2巻

本作は2月号掲載作品という点を踏まえて読み進めて欲しい。

毎年、年の初めには日記を書こうと決意するのび太。小学三年生となった今年も、1月1日から日記をつけ始めたようである。

1月1日(土)はれ
ことしこそま・・・日記をつけよう・・・おぞうにをたべ・・・たちとトランプ・・みかん・・

文面は一部しか読み取れないが、5行以上の分量を使って細かく一日の行動を記載している。「今年こそ日記をつけよう」と、おそらく毎年恒例となる決意表明が冒頭に記され、お雑煮やみかんを食べたり、トランプをして遊んだことが書かれている。

ところが、早くも翌日から雲行きが怪しい。

1月2日(日)くもり
あさおきて
ひるねして
よるねた

石川啄木もビックリの超シンプルな三行詩。のび太の嘘偽りのない日常を表現した文章である。二日目にしてこの内容の薄さなので、翌日の記載が不安だが・・・。

1月3日(月)はれ
きのうとおなじ

そうきたか! まあでも、そういうことなんです。今日という日は、まるで昨日の繰り返しのように、同じように過ぎていくものなのです。今読むとかなり味わい深い短文だが、日記としては、これ以上の進展性が見込めないものとなっている。

案の定、1月4日(火)は、天気も含めて空欄となっており、今年ものび太の日記も三日坊主で終了してしまったのである。


時は過ぎ、2月。この日記を読んだドラえもんが「ダメじゃないか」とのび太にツッコむ。「三日坊主は一番悪い、四日から後もつけなさい」と言うのだ。

ちなみに、かくいうドラえもんは、密かに日記を書いていることが後に明らかとなる。それが『大予言・地球の滅びる日』(1984年7月)である。詳細は下記の記事をご参照下さい。

ちなみに、のび太の幻のおじさん、ムナシも毎年日記を書き始めて3日坊主で終わるタイプである。のび太以上に自堕落な休日を過ごしていることが、日記から明らかとなっている。(『宝さがし』1973年8月)


日記の続きを書けといっても、もう2月。「忘れちゃったよ」とのび太が言うと、ドラえもんは「いつでも日記」をやるという。この日記は、どういう仕組みかわからないが、忘れたことも書けるというとても優れた日記帳。

「面倒くさいなあ」と愚痴りながらのび太が日記を開くと、スラスラと勝手に手が動いて文章を書き始める。

こうして書かれた1月4日の日記は、読める部分だけでも9行以上のボリューム。8時32分に起床し、顔を洗ったフリをしたこと、8時50分に朝食を採り、12時3分に昼食、3時台にオヤツを食べてマンガをみたり、昼寝をしたことが詳細に記載されている。

このきめ細かさに、のび太も大喜び。ちなみに、この1月4日の日記では曜日が「水」となっているのだが、ここは誤植で、本来は「火」が正解。


勝手に手が動いてくれるということで、スラスラと日記を書き進めるのび太。ついには今日の分まで書き終えてしまう。

ん? 今日の分? 今はまだ昼過ぎであり、日記に書かれていることは、これから起こる出来事ということであろうか。ドラえもんも知らなかったが、「いつでも日記」は未来のことも書けてしまう日記帳だったのだ。

ちなみに似たような道具に「あらかじめ日記」がある。こちらは未来の日付に、ある出来事を書くとその通りになるという、正真正銘の未来日記である。書いたことは必ず起こるという点で、ファンの間では最強ひみつ道具として名高い。

こちらは別の切り口で記事を準備中である。


未来のことが先に読める日記だとわかり、のび太とドラえもんは「素晴らしい~」と大はしゃぎ。ではこれから先に何が起こるのか、読み進めてみる。すると・・・

「1時3分、イヌに噛まれた。2時3分、スキーで滑ってケガをした」

二人とも笑顔で日記を読み上げたが、読み終えて表情が一変、恐怖のあまり震えて日記を落としてしまう。

のび太は「こんなの嘘だよね」とドラえもんにフォローを求めるが、「いいや、この日記は嘘をつかない」と断定する。書いてあることは絶対に起こるというのである。

「どうしたらいいか」と狼狽するのび太に対して、「どうしようもないだろうねえ」とドラえもんは諦めモード。さらには「君が災難に遭うのを見るのは辛い」と言って出かけてしまう。

立ち去るドラえもんの気持ちはわからないでもないが、のび太が「薄情な」と嘆くのも無理はない・・・。


のび太はここで「うちにいればいいんだ」と気分を立て直す。部屋にいれば、イヌに噛まれることも、スキーで怪我をすることもない。理論的には「確かにその通りである。

しかし、のび太も本当はわかっているはずだが、「ドラえもん」の世界では、起こりそうもないことも起こってしまうのが常なのである。

しばらくすると、「ワンワン」とチワワのような小型犬が部屋に入ってきて、のび太の足をガブリと噛みつく。なんと、ママのお客さんが連れ込んだ室内犬が、のび太の部屋に迷い込んできたのである。

ママの友人は「そんなもの食べちゃいけません」と、かなり失礼な言いぶり。他所の家に犬を連れてくるならば、もう少しきちんと躾けておいて欲しいところである。

のび太は「この分だと、本当にスキーで怪我をすることになるかもしれない」と、悪い予感がよぎる。しかし、その不安をかき消すように、「うちにいれば絶対に安全だ」と強く思うのび太であった。


さて、実はこの日は町に雪が降り積もっていて、すぐにスキーができるような環境にあった。家から出ないと決め込むのび太に、ジャイアンとスネ夫が「スキーに行こう」と声を掛けてくる。

のび太は「とんでもない」と言って玄関のドアを閉めてしまう。続けてしずちゃんがスキーに誘ってくる。声でわかりそうなものなのに、のび太はジャイアンたちがまた来たと思い込んで「しつっこいぞ」と大声を出して追い返す。

突然キレられたしずちゃんは、「スキーに誘ったくらいで・・・」と半べそをかいて去っていく。のび太もさすがにヤバいと考えてフォローするべく後を追うが、外へ出てしまったことに気が付き、Uターン。

しずちゃんに嫌われたとしても、今はスキーで怪我を負いたくないと思うのび太なのである。


さて、ここで閑話休題。

本作を読み進める上で思うのは、いくら真冬とはいえ、東京でスキーが滑れるほどに雪が積もることはまずありえないということだ。

ところが、藤子作品全般を見渡すと、都心に雪が降ってスキーで遊ぶというエピソードが数多く残されている。これは一体どういうことなのだろうか。

僕が思うに、町に雪が降ってスキーに遊びに行くという流れは、藤子F先生の富山での子供時代の記憶が反映されているからではないだろうか。そうだとすると、雪やスキーという話題に限り、子供たちが暮らしている町は富山県であると意識を変えた方が良いのかもしれない。

ちなみに、のび太の学校の裏山も同じことが言える。(詳しくは下記参照)


日記に記された運命の2時3分まで後少し。それまでは絶対に家から出ないと決意を新たにするのび太だが、今度は両親がその邪魔をしてくる。

まずママが「スキーでもしてきたら」と優しく声を掛けてくるのだが、のび太は「嫌だったら、嫌だ!」と顔を真っ赤にして猛反発するものだから、「その態度は何ですっ」と、ママもキレ気味となる。

ママの話を聞いたパパが現れ、「子供は体を鍛えなくちゃいかん」と、のび太にスキーに行くよう迫る。困ったのび太は「スキーがどっかへ行っちゃって・・」と言い逃れするのだが、パパは「そんなら探してきてやる」と粘る。

のび太はスキー板が物置にあることを知っており、パパが探し当てる前に、先回りして隠そうと考える。窓から庭へ出て、物置からスキー板をゲット。板を抱えて、階段で二階へと上がっていく。

ところが、おっちょこちょいののび太は、階段の上で足を滑らせ、そのままスキー板に背中を乗せる形でドタドタと階段を滑り落ちていく。

・・・結局「いつでも日記」の記載通り、家の中であるにも関わらず、スキーで滑ってケガをしてしまうのび太なのであった。


この手の未来予知に関するエピソードでいつも思うのは、未来のことを知ったがために、過剰な反応をしてしまい、それが要因で予知通りの出来事が起こってしまうのではないか、ということだ。

本作で言えば、スキーで怪我をすると知らなければ、この悲劇は起きなかったように思える。

まあ、このような「どうであっても起こることは起こる」という決定論的不条理さが、藤子作品の大いなる魅力であるのだが。




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