見出し画像

藤子不二雄・未完のデビュー作「天使の玉ちゃん」の、嘘のような本当の話。

『天使の玉ちゃん』
「毎日小学生新聞」(大阪版)
1951年12月16日付~1952年4月4日付

藤子F研究家(自称)としては、この作品にいつまでも触れないで済ます訳にはいくまい。藤子不二雄、伝説のデビュー作『天使の玉ちゃん』である。

本作は「あびこもとお・ふじもとひろし」名義で、毎日小学生新聞に不定期で連載された作品で、約3か月半の間に全26回が掲載された。四コマ漫画の形式で、一話ずつ完結しながらも、少しづつストーリーも進んでいくという構成を取っている。

デビュー作といってもかなり異例の作品で、まだ高校生だった藤本・安孫子が勝手に10本の作品を送り付け、いつのまにか掲載が始まり、最初の稿料が郵便為替で送られてきてその掲載を知るという、嘘みたいな逸話が残されている。

この時の稿料は2400円であると安孫子氏の日記にある。昭和26年の物価を調べてみたが、映画館の入場料が80円、タバコ一箱30円、大卒の初任給が4560円とあった。映画好きだった藤子不二雄両名にとって、映画入場料30本分となるその金額は、すごく大きいものに思えただろう。

そして、何回かに分けて原稿を送っていたが、26回目の掲載でバッタリと止まってしまった。その理由は未だに不明だ。


本作の存在は、藤子不二雄A先生の傑作『まんが道』において、デビューの経緯と一緒に、リメイクした『天使の玉ちゃん』が数本掲載されており、藤子ファンの間ではよく認識されていた。

しかし、その一方で作品の全貌はほとんど知られていなかった。藤子・F・不二雄大全集にて、初めて単行本として収録され、私たちはその作品をやっと読むことができた。感無量である。

画像1

内容は、羽の無い天使の玉ちゃんが、羽を欲しがるところから始まる。やがて羽を貰って飛べるようになるが、太陽に近づきすぎて羽と接合していた糊付けが剥がれてしまい、地上に落下。堕天使となった玉ちゃんは、何とかして羽を探して、天上に戻ろうと悪戦苦闘する、というストーリーラインである。

話は進み、世界中の人を幸せにすれば羽が取り戻せる、というような設定が出てきたところで、打ち切りとなってしまう。

藤子F作品の中でも、このような「完全な」未完作品は極めて珍しい。この後の展開がどうだったのか? せめて毎日小学生新聞に送っていただろう未掲載の作品は読んでみたいが、今となっては難しいだろう。


本作を読んでみて、デビュー作から既に、子供たちに向けた優しい眼差しを強く感じる。丸みを帯びた絵柄、ユーモアを交えた明るいストーリー、一コマ一コマの無駄のない間合いの小気味良さ。既にF先生のその後の特色が、いきなり発揮されている。

ちなみになぜ毎日中学生新聞か、と言えば、その前身となる「少國民新聞」にて、手塚治虫がデビューした由緒ある(?)子ども新聞だからである。

手塚治虫は昭和22年に「新宝島」で単行本デビューを飾る。「まんが道」では、それを読むことで、二人が衝撃を受け、自分たちも漫画家を目指すことを決意するシーンが出てくる。手塚治虫と5歳違いではあったが、二人には神様のような存在だった。

小学生新聞とはいえ、同じ紙面でデビューを飾ったのは奇跡的な符合に思える。


さて本作が掲載されている藤子・F・不二雄大全集の巻末では、安孫子先生が解説を寄せている。思わず泣いてしまった部分があるので、以下に抜粋して、この記事を終えたい。

『天使の玉ちゃん』は、どういうわけか26回目でバッタリと終わってしまった。だが僕たちが稿料をもらった事でプロの意識を持ち、その後の長い長い”まんが道”への最初の一歩を踏み出したのだ。
『天使の玉ちゃん』『UTOPIA』から60年たった今、藤子・F・不二雄大全集を手に取って読むと、僕にしかわからない不思議な感動をおぼえる。彼との出会い。藤子不二雄としての合作活動、そしてFとAとおたがいに独立してからの歴史…。さまざまな思いが起こる。
彼は今はいないが、この藤子・F・不二雄大全集によって彼の残した作品が未来の子供たちの心に永遠の夢をつないでいくだろう。

涙。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集