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ポテンシャル

ポテンシャル階層の高低は、
同一軸線上での高低差に依拠する。
その軸毎の階層の重ね合わせで私達は、
個々の総合的なポテンシャルを考える。
無意識に『目線の高さ』を測る。

軸と、目線の高さという階層への認識、
その個の複合ポテンシャルについて、
これへの個人的な見解だが、

・ある軸の階層の高低だけで判断しない
・目線(階層)の高さは固定系ではない
・区別に於いての内的倫理基準を持つ

これらは無碍にできぬ部分だと考えてる。

視線や視野の差が大きい場合、
議論の対象領域への接続量の多寡が、
どうしても『優劣』という扱いをされる。

もちろん、視線が
高いほうが優秀         
低いほうが劣等だ。
それは、その判断軸において正しいだろう。但しそれが、個の複合的なポテンシャル階層を示すわけではない。

階層毎の区別にて、
基準軸を選ぶ選別者が、
あくまで、
差別ではなく区別
その認識であっても、伝播先によっては、
相手の解釈は

選民思想
ノアの箱舟
魔女裁判

そう言った
排除の儀式

として認識される恐れがある。

優劣と高低

ことばの違いだけだが、
複合的ポテンシャルの議論において、
基準が明確でない状態での優劣は、

構造と価値
差異と序列

これを混濁する。

高低差が高いほど、そこでのポテンシャルエネルギーは高い。つまり、大きな力を生むきっかけになる。

それはある方向性の階層に限らず、
より多様で、より多数の
方向性の階層の重ね合わせに依って
個のポテンシャルとして存在する。

多様な軸線上のポテンシャルエネルギー。
これは、経時的にスペクトルが変化する、
それだけのことであって、本質的なポテンシャルエネルギーは、皆高く保有するのではないかと考えている。

有り体に言うと

『みんなちがってみんないい』


この話は、
抽象論で現実接続できてないと知っている。

また結果、誰かに力は与えられないと思う。

ただの自己満足かもしれない。それでも、

目線や視野の色が違う関わりが、
未来の希望だと信じる思い。
その美彩に感動する心。

その喜びは、
重ね合わせのポテンシャル
その考えで齎されるのでは、
そう信じている。

Difference ≠ Hierarchy


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