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氷の壁〜人との向き合い方〜

プロローグ-凍り始める関係-

近年、4月になると必ずと言っていいほど「Z世代はすぐ辞める」「退職代行が当たり前」「叱るとパワハラになる」といった話題がメディアで取り上げられます。まるでZ世代そのものが特別な存在であるかのように語られることも少なくありません。

もちろん、それは一部の事例を切り取ったものに過ぎません。しかし実際に、注意や指導を「怒られた」と受け取り、そこで心が折れてしまう人や、「自分には合わない」と早々に環境を離れてしまう人が増えているのも事実です。

僕は、その姿を見るたびに「もったいない」と感じます。

成長とは、できることを増やすこと

僕は自己成長とは、「スキルや経験を積み重ね、できることを増やしていくこと」だと考えています。

社会人になれば、これから何十年という時間を働きながら過ごしていきます。その長い時間の中で、自分一人だけで成長できる人はほとんどいません。

営業ならお客様や取引先、技術職なら先輩や上司、サービス業なら利用者やお客様など、人との関わりの中で成功も失敗も経験しながら少しずつ成長していきます。

「こうした方が良かったよ。」
「次はこうしてみよう。」
「この考え方は違うよ。」

そんな言葉をかけてもらえるからこそ、自分では気づけなかった課題を知ることができます。

つまり、人は「教えてくれる人」と「挑戦できる環境」があるから成長できるのです。

成長の機会を、自分から手放していないか

ところが今は、その教えてくれる存在を敵だと捉えてしまう人が少なくありません。

注意されれば「怒られた。」
厳しい言葉をもらえば「否定された。」
改善点を指摘されれば「パワハラだ。」

そう考えてしまうと、その人から学ぶ姿勢そのものがなくなってしまいます。もちろん、本当に人格を否定したり、理不尽な暴言を浴びせたりするような行為は許されるものではありません。
しかし、成長のための指導と、人格を傷つけるハラスメントは本来別のものです。この違いを見失ってしまうと、自分を成長させてくれる環境から自ら離れることになります。

そして数年後、転職活動になったときに「この会社で何を学びましたか」と聞かれても、自信を持って語れる経験が少なくなってしまう。その結果、「転職がうまくいかない」「やりたい仕事に就けない」という現実につながることもあります。だから僕は、叱られることを必要以上に恐れるのは、自分自身の未来の可能性を狭めてしまうことだと思っています。

「叱られない教育」が当たり前になった時代

なぜ、こうした状況が生まれたのでしょうか。
僕は、その背景には学校教育や社会全体の変化もあると感じています。

今は子どもが傷つかないように、大人が先回りする場面が増えました。少しでもトラブルがあれば学校に苦情が入り、子どもが悪いことをしても、「うちの子に恥をかかせるな」と保護者が学校へ強く抗議するケースもあります。先生たちは保護者対応や事務作業に追われ、子どもと向き合う時間が以前より少なくなっています。

そうした環境では、本気で叱ること自体が大きなリスクになります。厳しく指導すればクレームになるかもしれない。保護者とのトラブルになるかもしれない。最悪の場合、ハラスメントとして問題視されるかもしれない。

その結果、多くの大人が「関わらない方が楽だ」と考えるようになってしまいました。

褒めるだけでは、人は育たない

僕は「褒めて伸ばす教育」が悪いとは思っていません。むしろ、良いところを認め、自信を持たせることはとても大切です。

しかし、それだけでは人は大きく成長できません。本当に成長するためには、自分の弱さや課題と向き合う時間も必要です。

「そこは違う。」
「その考え方では通用しない。」
「次は改善してみよう。」

こうした言葉は耳が痛いものです。

ですが、その一言があるからこそ、人は昨日の自分を超えていけます。本気で向き合うからこそ、時には厳しい言葉になることもあります。

逆に何も言われなくなったときの方が危険です。期待されなくなり、「この人に言っても無駄だ」と思われた瞬間、人は成長のチャンスを失ってしまいます。

「叱る」と「怒る」は違う

ここで忘れてはいけないのは、「叱る」と「怒る」はまったく違うということです。怒るとは、自分の感情をぶつけること。一方で叱るとは、相手の成長を願い、より良くなってほしいという思いから伝えることです。

もちろん、伝え方は大切です。

相手の人格を否定したり、感情的に怒鳴ったりすることは指導ではありません。しかし、相手の未来を思って伝える厳しい言葉まで失われてしまえば、人を育てる文化そのものがなくなってしまいます。

成長できる環境を大切にする

これから社会に出る人も、これから人を育てる立場になる人も、一つだけ忘れてほしくないことがあります。

人は一人では成長できません。

自分を認めてくれる人も、自分に厳しい言葉をかけてくれる人も、どちらも成長には欠かせない存在です。だからこそ、注意されたときに「自分は否定された」と受け取るのではなく、「何を学べるだろう」と考える姿勢を持つこと。

そして、人を育てる立場になったときは、嫌われることを恐れず、相手の未来のために必要なことはきちんと伝える勇気を持つこと。
その積み重ねが、一人ひとりの成長につながり、組織や社会全体を強くしていくのだと、僕は信じています。


第1章 壁の向こう側

今回の第1章では、「失敗することは当たり前」「叱られることを恐れない」というテーマについてお話しします。

社会に出れば、失敗は誰にでもあります。

新卒でも、転職したばかりでも、ベテランでも、仕事をしている以上、ミスをゼロにすることはできません。そして、その失敗に対して注意されたり、叱られたりすることも当たり前にあります。

だからこそ、まず伝えたいのは、
「叱られること=悪いこと」ではないということです。

「褒めて伸ばす教育」が当たり前になった時代

今の若い世代は、学校教育の中で「褒めて伸ばす」という考え方のもとで育ってきました。

もちろん、この考え方自体を否定するつもりはありません。子どもの努力を認めたり、自信をつけてもらったりすることは、とても大切です。成功体験を積み重ねることで自己肯定感が育つこともあります。

しかし、その一方で、叱ることが極端に少なくなったようにも感じています。

昔であれば、間違ったことをしたら先生がしっかり叱り、「ここは違う」「次はこうしよう」と向き合ってくれる場面が多くありました。
ところが今は、「どう叱ればいいのかわからない」「保護者からクレームになるかもしれない」「嫌われたくない」という理由から、必要な場面でも指導を避けてしまうケースも増えています。先生自身も叱り方に悩み、結果として子どもたちは叱られる経験を積まないまま社会へ出ていくことになります。

社会に出ると価値観が大きく変わる

一方で、社会にはさまざまな世代の人たちがいます。特に昭和や平成初期を生きてきた先輩方は、今とはまったく違う環境で育ってきました。

体罰が珍しくない時代、厳しい上下関係、怒号が飛び交う職場など、今では考えられないような経験をしてきた人も少なくありません。

もちろん、今の時代に体罰や暴言が許されるわけではありません。

しかし、その世代にとっては「厳しく指導すること」が普通だったという感覚は今でも残っています。そのため、本人には悪気がなくても、少し強い口調で注意しただけで、若い世代には「怒られた」「怖い」「パワハラではないか」と受け止められてしまうことがあります。

ここには、お互いの価値観の違い、いわゆるジェネレーションギャップが存在しています。

だからといって、どちらが正しいという話ではありません。ただ、この違いを理解しておくことは、とても大切だと思います。

成長したいなら、叱られることから逃げない

ここからが一番伝えたいことです。
もし本気で成長したいのであれば、叱られることから逃げてはいけません。

もちろん、人格を否定するような暴言や理不尽な叱責は受け入れる必要はありません。

しかし、自分を成長させるための厳しい指摘であれば、それは貴重な学びになります。学生であれば、まだ学校生活の中で厳しい先生に出会う機会があるかもしれません。社会人であれば、職場で細かく指導してくれる上司や先輩に出会うこともあるでしょう。

そのような人と出会えたなら、できれば逃げずに向き合ってみてほしいと思います。厳しく言われることは決して気持ちの良いものではありません。

落ち込む日もあるでしょう。

「なんでここまで言われるんだ」と思うこともあるはずです。
それでも、その経験は必ず自分の力になります。叱られる経験を積み重ねることで、精神的な耐久力もついてきます。少しのことで心が折れなくなりますし、「次は見返してやろう」という前向きなエネルギーにも変えられるようになります。そして、何度も経験するうちに、叱られること自体に過剰な恐怖を感じなくなります。

私自身が経験した二つの教育実習

これは私自身の経験でもあります。

私は教員免許を二種類取得しています。一つは小学校教諭、もう一つは特別支援学校教諭の免許です。

小学校で教育実習を行ったときは、比較的穏やかな雰囲気でした。もちろん改善点を指摘されることはありましたが、「ここをこうするともっと良くなるよ」と丁寧に教えていただき、温かく受け入れてもらえた印象があります。

一方で、特別支援学校での教育実習はまったく違いました。担当の先生は非常に厳しい方で、レポートの提出方法一つにしても細かく指導されました。

「忙しい中で時間を作って見ている人への配慮が足りない。」
「提出するときの一言も社会人として大切だ。」

そんなことまで教えていただきました。実習中も、「これは違う」「もう一度やり直そう」と何度も指摘を受けました。

正直、「そこまで言われるのか」と感じたこともあります。何度も落ち込みましたし、しんどいと思う日もありました。

それでも最後まで逃げずに向き合った結果、今振り返ると、その経験が今の自分の土台になっています。

メールを書くときの言葉遣い。

相手への配慮。

報告や相談のタイミング。

社会人として当たり前と思われることの多くは、その実習で厳しく教えていただいたからこそ身につきました。

本当に自分を見てくれている人とは

人は優しく接してくれる人に感謝しがちです。
もちろん、それも大切な存在です。

しかし、本当に自分の成長を願ってくれている人は、必ずしも優しい人とは限りません。

むしろ、一見ドライで厳しく見える人ほど、自分のことを真剣に見てくれている場合があります。できていないところを見つけるには、相手をよく観察しなければなりません。改善点を伝えるには、相手がもっと成長してほしいという思いがなければできません。期待していない相手に対して、人はそこまで時間も労力も使いません。

だからこそ、厳しく指摘してくれる人は、「敵」ではなく、「自分の成長を支えてくれる存在」なのかもしれません。

社会に出れば失敗するのは当たり前です。
そして、失敗すれば叱られることもあります。

だからといって、そのたびに逃げたり、自分を否定されたと受け止めたりしていては、大きく成長することはできません。
本当に成長したいのであれば、厳しい言葉の中から学びを見つける姿勢が大切です。

叱られることは苦しい経験です。

ですが、その経験の積み重ねが、人としての強さを育て、社会で長く活躍できる力につながっていきます。そして、あなたを厳しく指導してくれる人ほど、実は誰よりもあなたの成長を願っている存在なのかもしれません。

第2章 氷の温度を知る

ここからは、「人を育てる側」の視点についてお話しします。

これまでの章では、「叱られることを恐れず、失敗を通して成長すること」の大切さについてお伝えしてきました。一方で、叱る側にも大切な姿勢があります。

ただ厳しくすれば人は育つわけではありません。相手のことを理解し、信頼関係を築いた上で伝えるからこそ、指導は初めて意味を持ちます。

パワハラになるかどうかは、「関係性」が大きく左右する

近年、「パワハラ」という言葉を耳にする機会が増えました。

もちろん、本当に人格を否定したり、理不尽に怒鳴ったりするような行為は許されるものではありません。しかし、同じ言葉を伝えても、「指導」と受け取る人もいれば、「パワハラ」と受け取る人もいます。

この違いはどこから生まれるのでしょうか。

僕は、その一つが「信頼関係」だと考えています。

例えば、まったく知らない人から突然「それはダメだ」と怒られたら、多くの人は納得できません。

「あなたにそこまで言われる筋合いはない。」

そんな気持ちになるのではないでしょうか。

職場でも同じです。
まだ関係性ができていない上司からいきなり厳しく叱られても、「この人は自分を否定している」と感じてしまいやすくなります。だからこそ、部下を育てる上で最初にやるべきことは、叱ることではありません。

まずは相手との信頼関係を築くことです。

相手を知り、自分のことも知ってもらう。

その土台ができて初めて、厳しい言葉も「成長のために言ってくれている」と受け止めてもらいやすくなります。

第3章 氷を砕く覚悟

愛情の反対は「憎しみ」ではなく「無関心」

僕が印象に残っている言葉があります。

それは、「愛情の反対は憎しみではなく、無関心」という言葉です。

最初に聞いたとき、とても納得しました。

人は、相手に興味があるからこそ、「好き」という感情も生まれます。

同時に、「苦手だ」「嫌いだ」という感情も、相手を見ているからこそ生まれるものです。反対に、まったく興味がない相手には、好きも嫌いもありません。

何も感じないのです。

つまり、無関心とは、「相手を見ていない状態」と言えます。

人を育てる立場で最も避けたいのは、この無関心です。

相手に期待していないから何も言わない。

失敗しても見て見ぬふりをする。

それでは、人は成長できません。だからこそ、まずは相手に興味を持つことが大切です。

相手を知るためには、日頃のコミュニケーションが欠かせない

信頼関係は、一度の面談や指導では生まれません。日頃の何気ない会話の積み重ねが、少しずつ距離を縮めていきます。

例えば、

「休みの日は何をしていたの?」

「その服かわいいね。どこで買ったの?」

そんなちょっとした雑談でも十分です。また、営業でもよく言われることですが、人は自分のことを話してくれた相手に対して、自分も話しやすくなる傾向があります。

だからこそ、相手に質問ばかりするのではなく、自分から自己開示することも大切です。

「この前こんな場所へ行ってきたんだ。」

「最近こんなことにハマっているよ。」

そんな何気ない話が、お互いを知るきっかけになります。特に年齢差がある場合は、自分の子どもの話や最近感じた出来事などを話題にすると、若い世代も話しやすくなることがあります。

大切なのは、「仕事の話だけをする関係」ではなく、「人として関わる関係」をつくることです。

相手の世界を知る努力をする

僕自身、教育現場で子どもたちと関わっていた頃は、まず相手の好きなものを知ることから始めていました。

例えば、男の子たちが『マインクラフト』に夢中なら、自分でもゲームについて調べてみる。

「最近どんな建物を作ったの?」

そんな話をすると、子どもたちは本当に嬉しそうに話してくれます。女の子であれば、コスメやアイドル、好きなアーティストなど、興味のあるものを少し調べて話題にすることもありました。

もちろん、すべてを詳しく知る必要はありません。大切なのは、「あなたに興味があります」という姿勢を示すことです。

人は、自分に興味を持ってくれる人には心を開きやすくなります。そして、その積み重ねが信頼関係につながっていくのです。

信頼関係があるからこそ、叱る意味が生まれる

ここで改めて伝えたいのは、「先に叱る」のではなく、「先に関係をつくる」ということです。仕事で気になることがあったとしても、まずは相手との距離を縮める。

相手を知り、自分のことも知ってもらう。

その土台があるからこそ、厳しい言葉も相手に届くようになります。信頼関係のない状態で叱れば反発されます。

しかし、信頼関係がある状態で伝えれば、「自分のために言ってくれている」と受け止めてもらえる可能性が高くなります。

「かわいがられる人」には共通点がある

最後に、僕が感じていることがあります。
職場には、「なんだかこの人、かわいいな」と思われる人がいます。

年齢は関係ありません。
若くても、50代でも60代でも、周囲から自然と応援される人がいます。 

そういう人たちには共通点があります。

それは、素直であることです。
できないことを素直に認められる。
「教えてください」と言える。
失敗しても言い訳ばかりしない。
そして、プライドに縛られすぎない。

年齢を重ねるほど、「知らない」と言うことを恥ずかしく感じる人もいます。
しかし、本当に成長し続ける人は、いくつになっても学ぶ姿勢を忘れません。

だからこそ、人を育てる側も、育てられる側も、お互いが相手に関心を持ち、素直に向き合うことが大切なのだと思います。

信頼関係のない指導は、ただの押し付けになってしまいます。しかし、相手を理解しようとする姿勢があれば、厳しい言葉であっても、いつか相手の成長を支える大きな力になります。
それが、人材育成の本質なのではないでしょうか。

第4章 ぬくもりのある言葉

ここからは、「褒め方」についてお話しします。これまで、「叱ること」や「信頼関係を築くこと」の大切さについてお伝えしてきましたが、人を育てる上で忘れてはいけないのが「褒める力」です。

僕自身、教員として子どもたちと関わってきた経験の中で、「どう褒めるか」をとても大切にしてきました。そして、その考え方は学校だけでなく、会社で後輩や部下を育てる場面でも十分に活かせるものだと思っています。

今回は、僕が実際に意識している褒め方のポイントをお話しします。

結果ではなく、「プロセス」を褒める

まず一番大切なのは、「結果だけを褒めない」ということです。

例えば、
「100点を取ったね、すごい!」
「営業で契約が取れたね!」
「かけっこで1位だったね!」
もちろん、こうした褒め方も悪いわけではありません。

努力の結果を認めることは、とても大切です。
しかし、それだけを繰り返してしまうと、「結果さえ出せば褒めてもらえる」という考え方になりやすくなります。極端な話ですが、「褒められたい」という気持ちが強くなりすぎると、不正をしてでも結果を出そうとする人が現れる可能性もあります。

会社で言えば数字をごまかしたり、成果を大きく見せたりするような行動につながることもあります。だからこそ、本当に褒めるべきなのは「結果」ではなく、そこに至るまでの過程です。

例えば、
「今回はうまくいかなかったけれど、お客様のことをしっかり考えて提案していたよね。」
「最後まで諦めずに取り組んでいた姿勢はすごく良かった。」
「その考え方はとてもいいと思う。」
このように、努力や工夫、挑戦した姿勢を認めることで、「結果は残念だったけれど、自分の頑張りは見てもらえている」と感じてもらえます。
その結果、「次も頑張ろう」という前向きな気持ちが生まれます。

また、叱る場面でも、この考え方はとても効果的です。

例えばクレームが発生したとしても、
「ここは改善しよう。でも、お客様のことを考えて行動した姿勢は良かったよ。」
そんな一言があるだけで、相手は「全部を否定されたわけじゃない」と感じることができます。
改善点は伝えながらも、良かった部分をしっかり認める。

これが、人を前向きに成長させる褒め方だと思っています。

過去のその人と比べて褒める

もう一つ意識してほしいのが、「他人ではなく、その人の過去と比べる」ということです。
私たちはつい、「〇〇さんの方ができている」「同期のあの人はもっと早い」と比べてしまいがちです。
でも、人は他人と比べられると、自信を失いやすくなります。だからこそ見るべきなのは、「昨日のその人」です。

例えば、
「前は5分かかっていた仕事が、今日は3分でできたね。」
「以前より報告が分かりやすくなったね。」
「最初は緊張していたのに、今日は自分から話しかけられていたね。」

こうした変化を伝えてあげると、「自分はちゃんと成長しているんだ」と実感できます。
この褒め方をするためには、日頃から相手をよく見ておくことが欠かせません。
だからこそ、第2章でお話しした「相手に関心を持つこと」が、ここでもつながってくるのです。

小さな成長を見逃さない

特に若手社員や新人は、できることがまだ多くありません。
そのため、失敗して叱られる機会の方が多く、自信を失いやすい時期でもあります。
そんなときこそ、小さな成長を見つけてあげることが大切です。

僕が尊敬している方もよく言っていますが、「小さなことを褒められる人ほど、人を育てるのが上手い」と。

例えば、
率先して資料を配ってくれた。
誰よりも早く準備を始めていた。
周りが気づかないところをフォローしてくれた。
掃除や片付けを自然にやってくれた。

こうした行動は、「やって当たり前」と思われがちです。でも、本当に当たり前なのでしょうか。
僕は、「当たり前」の反対は「ありがたい」だと思っています。

誰かがやってくれているから職場は回っています。

だからこそ、
「ありがとう。」
「助かったよ。」
「気づいてくれて嬉しかった。」

そんな感謝の言葉を伝えるだけでも、人は「見てもらえている」と感じることができます。
褒めるというのは、大げさなことではありません。日頃の感謝を言葉にすることも、大切な褒め方の一つなのです。

「褒めるところがない」は本当か

人材育成をしていると、
「あの子は褒めるところがない。」
そんな声を聞くことがあります。

でも、僕は本当にそうなのかなと思います。
教育現場にも、いわゆるやんちゃな子どもたちはいました。

授業中に立ち歩く。
友達にちょっかいを出す。
毎日のように叱られる子もいました。

でも、その子たちも決して悪い子ではありません。多くの場合、「自分を見てほしい」「認めてほしい」という気持ちが強いだけなのです。
だから、大人は叱ることばかりになってしまいます。

「またダメ!」
「何してるの!」
そんな関わりばかりでは、その子も「どうせ自分は怒られる存在なんだ」と思ってしまいます。
そこで僕が実際によくやっていたことがあります。

例えば、その子が掃除を頑張っていたり、友達を手伝っていたり、小さな良い行動をしたときに写真を撮るんです。
そして、クラスのみんなの前で、
「今日は○○くんがこんなことを頑張ってくれました。」
「先生はこの姿を見て、とても嬉しかったです。」
そうやって紹介するようにしていました。
すると、それまで問題行動ばかりだった子が、「今度も先生に見てもらいたい」と思うようになり、少しずつ良い行動が増えていくことがあります。

人は、認められた行動を繰り返そうとする生き物です。だからこそ、悪いところを注意するだけではなく、良いところを見つけて、それを本人にも周りにも伝えることが、人を育てる上でとても大切なのです。

褒めることは「自信」を育てること

褒めるというのは、ただ気分を良くするためではありません。
「あなたの努力をちゃんと見ているよ。」
「あなたは少しずつ成長しているよ。」
そのメッセージを伝えることです。
結果だけではなく、努力を認める。
他人ではなく、昨日のその人と比べる。
そして、小さな成長や当たり前と思われる行動にも感謝を伝える。

その積み重ねが、人の自信を育て、さらに挑戦しようという意欲につながります。
人は叱られることで課題を知り、褒められることで前へ進む勇気を持ちます。その両方があってこそ、人は大きく成長していけるのだと、僕は考えています。

エピローグ ~壁は、待っていても砕けない。~

ここまで、「自己成長」と「人材育成」というテーマでお話ししてきました。

第1章では、「叱られることを恐れず、失敗を経験すること」の大切さについて。
第2章・第3章では、「人を育てるためには、まず相手を知り、信頼関係を築くこと」の重要性について。
そして第4章では、「結果だけではなく、努力や成長の過程を認める褒め方」についてお話ししてきました。

どの章にも共通していることがあります。
それは、人は一人では成長できないということです。

仕事をしていれば、上司や先輩、後輩、お客様、取引先など、多くの人と関わります。
その中で褒められることもあれば、叱られることもあります。時には失敗して落ち込むこともあるでしょう。
でも、その一つひとつの経験が、自分を成長させてくれます。もし誰とも関わらず、誰からも何も言われない環境にいたら、自分の課題に気づくことも、成長することも難しいはずです。
だからこそ、人との出会いや関わりは、自分を成長させてくれる何よりの財産なのだと思います。
そして、人が成長するときには、必ず何らかの「痛み」が伴います。
学生時代には「成長痛」という言葉がありました。体が大きくなるためには、一時的な痛みを経験します。それと同じように、人として成長するときも、失敗や悔しさ、叱られる経験など、心の痛みを経験することがあります。
だからといって、その痛みを避け続けてしまえば、大きく成長することはできません。
もちろん、本当に心や体を壊してしまうような環境からは離れるべきです。
しかし、「失敗したくない」「叱られたくない」という理由だけで挑戦をやめてしまうのは、とてももったいないことだと思います。
失敗は決して恥ずかしいことではありません。
むしろ、自分を成長させてくれる最高の教材です。
僕自身も、新しいことに挑戦しては失敗を繰り返してきました。思い通りにいかず、悔しい思いをしたこともたくさんあります。
それでも、そのたびに周りの人からアドバイスをもらい、時には厳しく叱られながら、少しずつ前へ進んできました。今振り返ると、自分を成長させてくれたのは成功よりも失敗の方だったと感じています。

だから、これから社会へ出る人にも、今頑張っている人にも伝えたいことがあります。

失敗を恐れず、挑戦してください。
叱られることを必要以上に恐れないでください。
厳しい言葉の中にも、自分を成長させるヒントが隠れていることがあります。

そして、人を育てる立場になった人には、一つお願いがあります。
相手を理解し、信頼関係を築いた上で、必要なことはきちんと伝えてあげてください。
叱ることも、褒めることも、相手の未来を思っているからこそ意味があります。
最後に、僕がこの作品を通して一番伝えたかったことがあります。
僕たちは子どもの頃から、「人に迷惑をかけるな」と教えられてきました。
もちろん、人に迷惑をかけようとして行動するのは良くありません。
でも、人は生きている以上、誰かに迷惑をかけずに生きていくことはできません。
仕事でも、失敗をすれば誰かに助けてもらうことがあります。
新人の頃は、先輩や上司がフォローしてくれます。
その経験があるからこそ、自分も成長し、いつか今度は誰かを支える側になります。
だから僕は、「迷惑をかけない人」になることを目指すより、「誰かの失敗を許せる人」になりたいと思っています。
失敗した人を責めるのではなく、その人の挑戦を認め、「次は一緒に頑張ろう」と言える人。
相手の成長を信じ、必要なときには厳しく伝え、頑張ったときには心から褒められる人。
そんな大人が一人でも増えれば、挑戦できる人も増え、失敗を恐れず成長できる社会になるはずです。
そして、僕自身も、そんな大人であり続けたいと思っています。
この作品が、誰かを育てる人にも、これから成長していく人にも、「失敗を恐れず、一歩踏み出してみよう」と思えるきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。





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