apostate(背教者)の証言は「絶対的な真実」とは限らない@The Journal of CESNURを読んで(メモ)

1988年に設立された新宗教研究センター(CESNUR)は、定期的に学術誌The Journal of CESNURを発行しています。

同センターのホームページによると、これまでの30年の活動で1,000本以上の学術論文を発表したそうです(現時点では37年ほど活動していることになりますので、発表された論文は、さらに多くなっていることでしょう)。

また、中国での宗教弾圧および人権侵害の状況に加え、日本の家庭連合(旧統一教会)に関わる情報などを多国語で発信しているBitter Winterは、同センターが2018年に始めたオンラインマガジンです。

The Journal of CESNURの2025年11・12月号(第9巻・第6号)には“Deprogrammed Apostates and Atrocity Stories About Korean and Japanese ‘Cults’”と題する論文が掲載されています。メディアでは「絶対的な真実」のように取り扱われる背教者(apostate=脱会したあとに攻撃的な反対運動をする元信者)の証言の信憑性を、客観的・批判的・学術的に検証する必要性を述べています。

https://cesnur.net/wp-content/uploads/2025/11/tjoc_9_6_6_soryte-.pdf

論文の著者のロジータ・ショリーテ(Rosita Šorytė)氏は、「信仰の自由のための国際連盟(FOB:International Federation for Freedom of Belief)」に所属する新宗教運動の研究者のようです。

この投稿では、ショリーテ氏の論文の概要を紹介したいと思います。

apostateについて

ショリーテ氏は新宗教運動から脱会した信者を、ex-members(元信者)とapostate(背教者)とに明確に区別しています。両者を区別することは非常に重要だと、ショリーテ氏は指摘しています。

その理由は、

Most ex-members quietly resume their lives, perhaps with relief or nostalgia, but without crusading against their former faith (Solomon 1981; Lewis 1986, 1989; Introvigne 1999). Apostates, by contrast, become activists, often aligning with anti-cult movements and offering vivid, sometimes lurid, accounts of their past experiences (Bromley 1998)

(ほとんどの元信者は安堵感や郷愁を抱きながらも、以前の信仰に反対することなく、静かな生活に戻る[Solomon 1981; Lewis 1986, 1989; Introvigne 1999]。対照的に、背教者は活動家となり、しばしば反カルト運動に加わり、過去の体験について生々しく、時にはセンセーショナルな証言をする[Bromley 1998])

The Journal of CESNUR、2025年11・12月号、73ページ

からです。

この説明によると、元信者と背教者との区別は脱会後の行動で決まるようです。

背教者という言葉を見れば、その漢字の表記から「教えに背いた信者」というイメージをもちますが、宗教社会学でいう背教者(apostate)は、そのような意味をもってはいません(誤解を招く日本語訳になってしまっていると思います)。

中山達樹弁護士が編集した『家庭連合の「解散命令」に異議あり——国内外の有識者35人の意見書』(グッドタイム出版)に掲載されている宗教社会学者のマッシモ・イントロヴィニエ(Massimo Introvigne)氏の意見書には、次のように書かれています。

ここで言う「背教者」は侮蔑語ではなく、社会学者によって用いられる専門用語です。この場合、元信者は忠誠心を劇的に逆転させ、自らが離脱した組織に対する「職業的な(プロの)反対者」となります。

中山達樹編『家庭連合の「解散命令」に異議あり——国内外の有識者35人の意見書』、グッドタイム出版、298ページ

ショリーテ氏は論文で、apostateという言葉は社会学の専門用語であるものの、侮蔑的なニュアンスで捉えられることを認めています。そして、apostateに同情的な学者はこの言葉を使うのを嫌い、ex-membersやactivist ex-members(活動家・元信者)という言葉に置き換えていると述べ、区別を曖昧にすることで生じる問題があると指摘しています。

ケーススタディ

論文ではケーススタディとして、小川さゆりさん(日本・家庭連合)とリズ・キャメロン(Liz Cameron)さん(韓国・摂理)の事例を挙げ、分析しています。

この投稿ではケーススタディの紹介は割愛して、この論文の結論を見てみたいと思います。

結論:洞察力をもって耳を傾ける

ショリーテ氏の論文の結論をまとめると、次のようになります。

①背教者の証言は、新宗教運動から脱会した人の心理的旅程を知る手がかりとして興味深いが、無謬のものではない。そのため、さまざまな資料と比較しながら、批判的に検証される必要がある。ただし、今日のメディアは、新宗教運動からの「生存者」の証言を常に正しいものとして扱う傾向にあり、証言に疑義を唱えると「被害書を再び傷つけている」と批判される。

→福田ますみさんが月刊『Hanada』や『国家の生贄』(飛鳥新社)で、小川さゆりさんの証言を検証したり、加藤文宏さんが月刊『正論』2026年2月号に執筆した「山上家の深闇——安倍暗殺犯 本当の動機」で、山上徹也被告の等身大の姿を探ったのは好例でしょう。

②新宗教運動から脱会した人のなかでapostate(背教者)になるのは、ごく少数。apostateの証言は新宗教運動の一部分であって、すべてではない。特にディプログラミング(強制棄教)を受けた脱会者は、個人の経験のほかに、強制的に脱会説得を受けた影響があるため、その証言には注意が必要。

→ショリーテ氏は、ディプログラミングは犯罪であり、それを手助けすることは倫理的に許容できないと強く批判しています。

論文の最後は、次の文章で締めくくられています。

We must listen to apostates—but with discernment. They are a minority, and they are not a monolith. Their stories are part of the puzzle, not the final picture.

(私たちは脱会者の声に耳を傾けなければならないが、そこには洞察力が必要だ。彼らは少数派であり、決して一枚岩ではない。彼らの物語はパズルの一片であって、全体の構図ではない)

The Journal of CESNUR、2025年11・12月号、80ページ

ショリーテ氏の指摘は、新宗教運動から脱会し、その後、攻撃的な反対活動をするようになったapostate(背教者)の証言に限らず、情報リテラシー全般にかかわることだといえます。