情報は澱のようにたまる
こんにちは。
このブログでは「自分の人生を自分らしく生きるために」をテーマに教育、子育て、転職、投資などの話題や情報をお届けします。
春木良且さんのVoicyで情報はインプットばかりでアウトプットしないと澱のように溜まっていくとおっしゃっていました。
情報は澱のように溜まっていく
情報をアウトプットする大切さは様々なところで様々な人がおっしゃっています。しかし、私は最近までアウトプットする大切さにあまりピンときていませんでした。
本などでせっかくインプットしたのだから、アウトプットして少しでも稼いだ方が得だとか、アウトプットする為に、よりインプットの質が高まるだとか。
確かにその通りなのでしょうが、別にお金を稼ぎたくなく、インプットの質も今のままでよいと思えばアウトプットする必要性を感じませんでした。
しかし、最近感じるのはアウトプットしないと悩むというか、もやもやするような気がするということです。
春木さんがアウトプットしないと情報は澱のように溜まっていくと仰られているのを聞いてしっくりきました。
何かメリットがあってアウトプットするとかではなく、アウトプットしないと、澱のように溜まっていき頭や心が澱むようになるのです。
肩書や出世して大臣になるために学ぶのではない
春木さんはよく教養の大切さを話されています。
同時に、教養は何か直接的な目的があるから身に付けるものではないと仰られています。
就職に有利だから、給料が上がるから、人に尊敬されるから教養を身に付けるわけではなく、教養を身に付けること自体が楽しく、人生を豊かにしてくれるのだと。
結果的に教養を身に付けて得することは沢山あるのでしょうが、それが本質ではないのです。
私は昔から教養というものへの憧れがありましたが、「マスターキートン」という漫画がそのきっかけだったように思います。

情報過多時代のアウトプット
現代は、情報過多の時代です。
10年前、100年前と比べればインプットされる情報の量は桁違いでしょう。
100年前、ダイエットなんてしなくても誰も肥満になんてなりませんでした。しかし、飽食の現代は意識的に運動しないとすぐに脂肪がつき始めます。
同様に現代は意識的にアウトプットしないと、すぐに澱は溜まってしまいます。
きっと、情報もエネルギー(食物)もストックするものではなく、フローするものなのでしょう。
アウトプットの方法として昔ながらの日記という方法もあるでしょう。
でも、noteやブログなど人の目に触れる形でアウトプットした方が、アウトプットの質とスッキリとした効果が高い気がします。
